受難週に聴いた音楽

教会暦では昨日が受難日でした。2年前のこの日に「受難日に聴いた音楽」という記事を書きました。そこではポーランドの作曲家クシシュトフ・ペンデレツキ「ルカ受難曲」を取り上げました。

今年の受難節も、イエス・キリストの受難について思い巡らしていましたが、今年はパッション2000のために作曲された受難曲を全部聴いてみようと思い立ちました。

続きを読む

クリスマスの不思議

今年のクリスマスはコロナ禍のために、例年とはまったく異なる雰囲気でクリスマスを迎える教会も多いのではないかと思います。私の所属教会でも毎年行っているアドベントコンサートが中止になり、20日のクリスマス礼拝は教会堂でソーシャルディスタンスを保ちながら集まる少数の出席者と、ズームで参加する出席者からなるハイブリッド礼拝になりました。

礼拝の問題だけではありません。感染症自体からくる不安や恐怖以外にも、パンデミックの影響からくる経済的その他の様々な困難により、社会の分断が浮き彫りにされ、全体的に世の中の人々の心に余裕がなくなっているような気がします。私自身、なんとなく落ち着かない気持ちで今年のアドベントは過ごしていました。けれども、このような状況であるからこそ理解できるようなクリスマスの意味があるのではないかと思っていました。

そんな中、一枚の画像に目が止まりました。

続きを読む

Not Found―コロナ禍の中で聴いた音楽

新型コロナウイルスの感染拡大にともない、私が奉仕している神学校も教会も全面的にオンラインでの活動になりました。その他に外出する必要がある場合も、車を使うことがほとんどなので、公共交通機関を利用する機会はめっきり減りました。けれども8月29日(土)の午後は、久しぶりに電車に乗って妻と外出しました。サントリーホールで行われるコンサートに出席するためです。

そのコンサートとは、芥川也寸志サントリー作曲賞の選考演奏会でした。この賞は戦後日本を代表する作曲家の一人、芥川也寸志氏(1925-89)の功績を記念して創設されたもので、若手日本人作曲家の登竜門として知られており、今年で第30回になります。(余談ですが、芥川也寸志氏といえば私の世代にとっては「N響アワー」の司会者としても記憶に残っています。)

今年の選考演奏会は、昨年国内外で初演された、日本人作曲家による管弦楽作品53の中から、第一次選考を通過して候補に選ばれた3作品を演奏し、受賞作を決めるというものでした。

私たちがこのコンサートに出かけたのは、今年の候補作の一つを作曲したのが、友人である冷水乃栄流(ひやみず・のえる)さんだったからです。彼は東京藝術大学修士課程作曲専攻に在学中ですが、その作品はいろいろなところで演奏されている、新進気鋭の作曲家です。今回ご本人からコンサートのご案内をいただき、とても楽しみにしていました。

続きを読む

人種差別と女性差別(藤本満師ゲスト投稿3)

その1 その2

藤本満先生のゲスト投稿、3回目をお送りします。今回は先日私が投稿した記事とも重なる、差別の問題を取り上げてくださいました。時期的にもとてもタイムリーな寄稿をいただき、心から感謝しています。

*     *     *

「神の像」をゆがめて用いるとき――人種差別と女性差別

 「キリスト者の生」「キリスト者の成熟」を念頭に置きながら、その根底にある「神学的人間論」を論じること、所詮、それは筆者にとっては手の届かぬ試みです。H. W. ヴォルフによる『旧約聖書の人間論』(1983年に邦訳)辺りから聖書の人間論に関心が持たれるようになりました。W. パネンベルク人間学――神学的考察』(2008年に邦訳)はおそらく最も包括的な論でしょう。福音派では、河野勇一わかるとかわる!《神のかたち》の福音』(2017年)も優れた書物として挙げるべきであると考えています。

それらの書を前に筆者の切り込む余地はないと判断し、記すことにしたのは、今日、神学的人間論において話題となっているトピック、(1)物語神学とキリスト者の生、(2)ピストゥス・クリストゥス論争とキリストの像。そして今回3回目は、「神の像」をゆがめて用いながら「差別を正当化してきた歴史」についてです。 続きを読む

ラルフ・ハモンド師の想い出―人種問題に寄せて

今、米国で人種間の対立が再び表面化してきています。ミネソタ州ミネアポリスで白人警官に拘束された黒人男性が死亡した事件をめぐって抗議デモが全米各地に広がっていることは、各種報道で広く知られているので、それについて詳述することはしません。ただ、今回の事件が起こったミネアポリスは私の妻の出身地であり、今でも家族がその地域に住んでいます。また私がアメリカで最初に学んだベテル神学校も、隣町のセントポールにありました(この2つの町は合わせて「双子都市Twin Cities」と呼ばれています)。したがって、個人的にもつながりのある地で起こった悲惨な事件に深い悲しみを覚えています。

今回の事件についていろいろと思い巡らしていたとき、一人の人物の顔が思い浮かんできました。それはベテル神学校時代の恩師の一人、ラルフ・ハモンド師(Dr. Ralph E. Hammond)でした。 続きを読む

受肉というスキャンダル

今日は灰の水曜日であり、レント(四旬節)の期間に入りました。教会暦では復活祭に先立つ40日間を、自らを省みる祈りと悔い改めの期間としています。40日という期間は、イエスの公生涯に先立つ荒野での試練に対応していますが過去記事を参照)、それはもちろん究極の試練である十字架をも指し示すものでもあります。

灰の水曜日には、教会によっては信者の額に灰で十字のしるしをつける儀式を行います。そこには自分が死すべき存在であることを覚え、悔い改めて神に立ち返るようにというメッセージがあります。このことを思いめぐらしていたとき、死すべき存在である人間のひとりに神がなってくださったという受肉の意味について、改めて考えさせられました。

私はレントと受難週にはよくバッハのマタイ受難曲を聴きます。お気に入りは大定番ですがカール・リヒター。中学時代に初めて彼の演奏でマタイを聴いて以来、愛聴しています。先日この曲についてインターネットを検索していたら、衝撃的な動画を見つけました。それがこちらです。 続きを読む

きよしこの夜

するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、御使と一緒になって神をさんびして言った、「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。(ルカ2章13-14節)

snowy-night

クリスマスに関連して、何年か前に偶然耳にして衝撃を受けた曲があります。それは旧ソ連の作曲家アリフレート・シュニトケによる「きよしこの夜 Stille Nacht」です。同名の有名なクリスマス・キャロルに基づいて作られた曲なのですが・・・まずはお聴きください。 続きを読む

驚くばかりの

このところアメリカの古い黒人音楽ばかり聴いています。神学校の講義を終えて帰宅するために、深夜ひとり車を走らせているときなど、アコースティックギター1本で歌われる素朴なゴスペルやブルースにほっと心が和みます。

そんなときによく聴く1枚のアルバムがあります。 続きを読む

シスター・ロゼッタの新しい歌

少し前にヘヴィーメタルについて連続記事を書きましたが、それがきっかけで日本のクリスチャンメタルバンド、Imari TonesのTak Nakamineさんご夫妻と知り合うことができました。たまたま家も近かったので実際にお会いする機会も与えられ、たいへん充実した楽しい時間を過ごすことができました。

その時にいろいろと音楽についても教えていただいたのですが、その中でSister Rosetta Tharpeという黒人女性ミュージシャンの存在を知り、とても興味を覚えて自分でも調べてみました。

ロックミュージックの起源については諸説ありますが、その誕生に大きな影響を与えた一人がシスター・ロゼッタです。彼女は1915年にアメリカ南部のアーカンソー州に生まれた歌手またギタリストで、エルヴィス・プレスリーやチャック・ベリーら初期のロックンローラーに絶大な影響を与え、「ロックンロールのゴッドマザー」と呼ばれました。

「シスター」という呼称からも分かるように、彼女はゴスペル・シンガーでもありました。彼女の母親は巡回伝道者で、彼女は子どもの時からアメリカ各地の教会やリバイバル集会で演奏し、歌っていました。彼女は一般の音楽界で成功した後も、生涯一貫してゴスペル音楽を歌い続けたクリスチャンミュージシャンでした。実にロックンロールの源流には神への賛美があったのです。 続きを読む