MINAMATAの物語

生きているうちにいつかは読みたい本、というものがあります。歳を取るにつれ、自分に与えられた残り時間が短くなるのに反比例して、読みたい書物のリストは長くなるばかりで、全部を読むことはとても無理だと無力感に襲われることがありますが、せめてその中でも優先順位をつけて、自分にとって重要と思える本から読んでいきたいと思っています。

そんな個人的な「人生の必読書リスト」に長い間載っている本の一つに、石牟礼道子さんの『苦海浄土』があります。水俣病を主題にした三部作は、心のどこかでいつも気にかかっており、いつか読みたいと思いつつ、同時にその長大さとテーマのあまりの重さに気後れし、手にとって読むまでには至りませんでした。

それは水俣病そのものに対する私の態度とも通じるものがあるのかもしれません。水俣病についての私の認識は、四大公害病の一つとして学校で習った通り一遍の知識を出るものではありません。今も後遺症に苦しんでいる人々が存在するということは頭では分かっていても、心のどこかでは戦後高度成長期の負の遺産として、過去のものと考えていた部分があったと思います。

要するに、私は水俣病について無知であり、同時にそのことに関して後ろめたさを覚えてもいました。そんな私ですが、先日映画「MINAMATA」を観てきました。

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聖書プロジェクトBOOK

ずいぶん長い間更新が滞っていましたが、またぼちぼち投稿していこうと思います。

以前このブログで「聖書プロジェクト」について紹介したことがあります(こちら)。

聖書プロジェクトは聖書に関する有益な情報を簡潔なアニメーション動画で伝えてくれる、とても有益なサイトですが、この働きのもう一つの魅力として、聖書各巻の内容をひと目で見渡せるように工夫した「ポスター」が提供されていることです。これらのポスターは、聖書各巻の全体像をひと目で概観するためにたいへん便利です。

マルコ福音書の「ポスター」

これらのポスターは聖書プロジェクトのサイトから無料でダウンロードできますが(こちら)、この度これらのポスターが本になり、本日入手しましたので、ご紹介します。

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墓がひらくとき

さて、安息日が終ったので、マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメとが、行ってイエスに塗るために、香料を買い求めた。そして週の初めの日に、早朝、日の出のころ墓に行った。そして、彼らは「だれが、わたしたちのために、墓の入口から石をころがしてくれるのでしょうか」と話し合っていた。ところが、目をあげて見ると、石はすでにころがしてあった。この石は非常に大きかった。
(マルコ16章1-4節)

昨日はイエス・キリストの復活を記念するイースター(復活祭)でした。イエスが十字架に架けられて殺されたとき、その遺体は岩を掘ってつくった墓に収められ、大きな石を転がして入口がふさがれました。そして四福音書はどれも、イエスが復活した日にその石が墓の入口から取り除かれたことを記しています。イエスの復活は、墓が開いたときであったのです。

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新しいはじまり

所属教会のクリスマス礼拝で語らせていただいた説教をこちらに掲載します(引用聖句の訳など多少変更あり)。クリスマスイヴの今夜は多くの教会でキャンドルサービスが行われますが、暗闇の中に光を灯すために来てくださったイエス・キリストの降誕を覚えたいと思います。

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クリスマスの不思議

今年のクリスマスはコロナ禍のために、例年とはまったく異なる雰囲気でクリスマスを迎える教会も多いのではないかと思います。私の所属教会でも毎年行っているアドベントコンサートが中止になり、20日のクリスマス礼拝は教会堂でソーシャルディスタンスを保ちながら集まる少数の出席者と、ズームで参加する出席者からなるハイブリッド礼拝になりました。

礼拝の問題だけではありません。感染症自体からくる不安や恐怖以外にも、パンデミックの影響からくる経済的その他の様々な困難により、社会の分断が浮き彫りにされ、全体的に世の中の人々の心に余裕がなくなっているような気がします。私自身、なんとなく落ち着かない気持ちで今年のアドベントは過ごしていました。けれども、このような状況であるからこそ理解できるようなクリスマスの意味があるのではないかと思っていました。

そんな中、一枚の画像に目が止まりました。

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Not Found―コロナ禍の中で聴いた音楽

新型コロナウイルスの感染拡大にともない、私が奉仕している神学校も教会も全面的にオンラインでの活動になりました。その他に外出する必要がある場合も、車を使うことがほとんどなので、公共交通機関を利用する機会はめっきり減りました。けれども8月29日(土)の午後は、久しぶりに電車に乗って妻と外出しました。サントリーホールで行われるコンサートに出席するためです。

そのコンサートとは、芥川也寸志サントリー作曲賞の選考演奏会でした。この賞は戦後日本を代表する作曲家の一人、芥川也寸志氏(1925-89)の功績を記念して創設されたもので、若手日本人作曲家の登竜門として知られており、今年で第30回になります。(余談ですが、芥川也寸志氏といえば私の世代にとっては「N響アワー」の司会者としても記憶に残っています。)

今年の選考演奏会は、昨年国内外で初演された、日本人作曲家による管弦楽作品53の中から、第一次選考を通過して候補に選ばれた3作品を演奏し、受賞作を決めるというものでした。

私たちがこのコンサートに出かけたのは、今年の候補作の一つを作曲したのが、友人である冷水乃栄流(ひやみず・のえる)さんだったからです。彼は東京藝術大学修士課程作曲専攻に在学中ですが、その作品はいろいろなところで演奏されている、新進気鋭の作曲家です。今回ご本人からコンサートのご案内をいただき、とても楽しみにしていました。

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物語としての福音書【書籍紹介】

聖書の物語的分析は、近年の聖書学の中でも重要な位置を占めるようになってきました。私の博士論文も、ルカ文書の物語的分析の手法を取り入れたものでした。

ところで、四福音書の物語分析に関して、新しい本が出ましたので紹介したいと思います。

これは Jeannine K. Brown, The Gospels as Stories: A Narrative Approach to Matthew, Mark, Luke, and John (Baker Academic, 2020) です。著者のジェニン・ブラウン博士はベテル神学校サンディエゴ校の新約学教授であり、広く使われている英訳聖書 New International Version (NIV) の翻訳者の一人でもあります。同時に、ブラウン先生は私がベテル神学校に留学した時に聖書学を教わった恩師でもあります。当時先生はミネソタ州のセント・ポール校で教えておられましたが、私はこの先生の聖書解釈学の授業で大きな感銘を受けたことがきっかけで、聖書学の道に進むことを決意しました。

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南野浩則師『聖書を解釈するということ』書評

今年の6月に南野浩則先生の聖書を解釈するということ―神のことばを人の言語で読む(いのちのことば社)が出版され、早速読んでとても感銘を受けました。

南野先生は福音聖書神学校で教鞭を執っておられ、私も福音主義神学会などでお世話になっている先生です。このたびクリスチャン新聞に私が書いた書評が掲載されましたので、同紙の許可を得てその全文を掲載させていただきます(クリスチャン新聞のリンクはこちら)。

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