地には平和

すると突然、この天使とともに天の大軍勢が現れ、神を賛美して言った。
「いと高きところには神に栄光
 そして地の上には御心に適う人々に平和。」

(ルカ2章13―14節私訳)

アドベントも3週目を迎え、クリスマスは来週月曜日に迫りました。多くの教会では24日の日曜日にクリスマス礼拝を行うのではないかと思います。

すでに別の記事でも書きましたが、今年は誰もが常にもまして「平和」について考えさせられるクリスマスシーズンを迎えているのではないかと思います。イエス生誕の地とされるベツレヘムでは、今年は街が封鎖されて出入りができなくなり、例年なら大勢訪れる観光客の姿もなく、異様な雰囲気に包まれているようです。今週行われたローザンヌ神学作業部会のオンライン会議で、ベツレヘム在住のメンバーであるグレース・アル・ズグビー博士が現地の様子を伝えてくれましたが、今のような緊迫した状況はこれまで経験したことがないと語っていました。次の朝日新聞のニュース動画でもベツレヘムのクリスマスについてレポートされていますが、瓦礫の中に置かれた幼子イエス像が象徴的です。

今日は在宅で仕事をしていましたが、書斎でずっとリピートしていた曲があります。それはU2のPeace on Earthです。

続きを読む

アドベントに寄せて

(10) 天使は言った。「恐れてはならない。なぜなら見よ、私はこの民全体のための大いなる喜びの福音をおまえたちに告げるからだ。 (11) すなわち、今日ダビデの町で、おまえたちのために救い主がお生まれになったのだ。この方こそ主キリストである。 (12) そして、これがおまえたちへのしるしである。おまえたちは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。」(ルカ2:10-12私訳)

今年もアドベント(待降節)が始まりました。今日がその第一主日となります。アドベントとは「到来」という意味のラテン語adventusから来た言葉で、二千年前のイエス・キリストの到来(初臨)を覚えるとともに、将来の到来(再臨)を待望する期間でもあります。教会暦の新年にあたるこの日に考えたことをいくつか書き連ねたいと思います。

続きを読む

キリストにある和解(録画リンクあり)

11月27日(月)に福音主義神学会東部部会の秋期公開研究会がオンラインで開催され、司会を務めさせていただきました。

東部部会では今年度の年間テーマを「キリストにある和解と平和」とし、春の研究会では「キリストにある平和」をテーマに、聖書学の分野からの研究発表を行いました(こちらを参照)。今回の秋の研究会では「キリストにある和解」をテーマとして、藤原淳賀先生長下部穣先生から講演を頂きました。藤原先生は「和解:キリストを通し天と地をつなぐ生き方」と題して、また長下部先生は「神学の受肉としての和解の実践と葛藤:修復的正義を事例として」と題して、それぞれ素晴らしい講演をしてくださいました。

続きを読む

「イスラエル」とは何か(『舟の右側』掲載記事)

本日発売された『舟の右側』2023年12月号「『イスラエル』とは何か? 聖書のグランド・ナラティヴからの考察」と題した記事を書きました。

この記事はイスラエルとハマスの軍事衝突を受けて書かれたものではありますが、直接的に現在のイスラエル/中東問題を論じたものではありません。むしろ、聖書のグランドナラティヴの中で「イスラエル」という存在がどのような役割を果たしてきたのか、という点に絞って書かれています。しかし、結論部分で私はこう書きました。

続きを読む

礼拝における連帯

11  さらに見ていると、御座と生き物と長老たちとのまわりに、多くの御使たちの声が上がるのを聞いた。その数は万の幾万倍、千の幾千倍もあって、12  大声で叫んでいた、「ほふられた小羊こそは、力と、富と、知恵と、勢いと、ほまれと、栄光と、さんびとを受けるにふさわしい」。13  またわたしは、天と地、地の下と海の中にあるすべての造られたもの、そして、それらの中にあるすべてのものの言う声を聞いた、「御座にいますかたと小羊とに、さんびと、ほまれと、栄光と、権力とが、世々限りなくあるように」。14  四つの生き物はアァメンと唱え、長老たちはひれ伏して礼拝した。(黙示録5:11-14)

黙示録4-5章では、キリスト者の基本的な世界観が示されています。世界の空間的中心は天にある神の王座であり、時間的中心はイエス・キリストの受肉と十字架、復活です。この世の座標系とは異なるもう一つの座標系が示されているのです。

神は世界の創造者であり、すべてを支配するお方です。けれども、天において実現しているその支配は、地上においては未だ十分に顕されているとは言えません。しかし、イエス・キリストが救いのわざを成し遂げたことによって、歴史は最終的段階に入り、神の愛なる支配が地上に及ぼされる希望が生まれたのです。

そして、5章の最後で神と子羊に対する礼拝が御座の周りから同心円状に広がって、すべての被造物を包み込む壮大な光景が描かれています。(ちなみに、黙示録のこの部分は未来に起こるべき出来事ではなく、著者ヨハネにとっての現在の状況を表しています。)ですから、キリスト者が地上で集まり神を礼拝する時、私たちはいつでも、宇宙規模の礼拝に参加しているのです。

以上のことは何年か前にこのブログに掲載した記事「天と地の礼拝」で書いたとおりですが、現在ウクライナやガザで行われている悲惨な戦争を目の当たりにして、新たに考えたことがあります。それは礼拝における連帯ということです。

連日メディアで流されるイスラエルによるガザ侵攻のニュースに心を痛めつつ、日曜日の礼拝に参加しながら、ふとこのようなことを考えました。「自分たちは日本という比較的安全な国にいて、戦争で直接生命の危険を感じる心配もなく、このように平和のうちに礼拝を捧げている。けれども、私たちがこうしている間にも、世界の多くの場所では人々がその尊厳を踏みにじられ、苦しみ、生命を落としている。この現実に対して、私たちはどうしたら良いのだろうか。」

続きを読む

パレスチナ人クリスチャンの声(3)

シリーズ過去記事  

これまでの回では、パレスチナ人クリスチャンの一人として、ヨハンナ・カタナチョー師を紹介してきました。今回はもう一人のパレスチナ人クリスチャン、グレース・アル・ズグビー(Grace Al-Zoughbi Arteen)博士を紹介します。アル・ズグビー博士はベツレヘム出身で、現在もその街に住みながら、レバノンにあるアラブ・バプテスト神学校でも教えておられます。彼女はローザンヌ運動の神学作業部会における私の同僚でもあります。今回は彼女の証詞文をご本人の了解のもとに翻訳して共有します。

続きを読む

パレスチナ人クリスチャンの声(2)

シリーズ過去記事 

前回紹介した、パレスチナ人クリスチャンの神学者、ヨハンナ・カタナチョー師の詩を、作者の許可を得て翻訳します。これは2014年のガザ侵攻に際して発表されたものですが、現在のパレスチナ/イスラエル情勢にもそのまま当てはまる内容だと思います(原詩はこちら)。

続きを読む