受肉というスキャンダル

今日は灰の水曜日であり、レント(四旬節)の期間に入りました。教会暦では復活祭に先立つ40日間を、自らを省みる祈りと悔い改めの期間としています。40日という期間は、イエスの公生涯に先立つ荒野での試練に対応していますが過去記事を参照)、それはもちろん究極の試練である十字架をも指し示すものでもあります。

灰の水曜日には、教会によっては信者の額に灰で十字のしるしをつける儀式を行います。そこには自分が死すべき存在であることを覚え、悔い改めて神に立ち返るようにというメッセージがあります。このことを思いめぐらしていたとき、死すべき存在である人間のひとりに神がなってくださったという受肉の意味について、改めて考えさせられました。

私はレントと受難週にはよくバッハのマタイ受難曲を聴きます。お気に入りは大定番ですがカール・リヒター。中学時代に初めて彼の演奏でマタイを聴いて以来、愛聴しています。先日この曲についてインターネットを検索していたら、衝撃的な動画を見つけました。それがこちらです。 続きを読む

新しい世界のはじまり

だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。(2コリント5:17)

2019年が始まりました。ところで、1年の始まりはなぜ1月1日なのか、考えたことはおありでしょうか。日本の暦では月の名称に数字が使われているので、1月が1番目の月というのは当たり前に思うかも知れません。しかし、たとえば英語のJanuaryはローマ神話のヤーヌス神から来ているもので、必ずしも最初の月である必然性はありません。実際、古代ローマでは一年の始まりは今で言う3月でしたが、ユリウス・カエサルがユリウス暦を導入したとき、1年の始まりをIanuarius(January)にし、それが現行のグレゴリオ暦にも受け継がれたと言います。

実際、世界では私たちと異なる暦のサイクルにしたがって生活している、あるいは複数のカレンダーを同時に生きている人々がたくさんいます。たとえば、中国を中心にアジアで広く祝われている旧正月は1-2月頃、今年2019年の旧正月は2月5日になります。一方キリスト教会には「教会暦」というものがありますが、教会暦の1年はアドベント(待降節)と呼ばれる期間から始まります。これはクリスマスの約4週間前の日曜日から始まりますので、クリスチャンにとっては今年は2018年12月2日に始まっていることになります(教会暦がキリスト教信仰についてもっている意味については、過去記事を参照)。したがって、アジアに住むクリスチャンの中には「新年」を3回迎える人もいることになります。

要するに、新年の区切りは恣意的なものであると言えます。12月31日と1月1日は客観的にそれほど違うわけではありません。太陽の周りを回っている地球の位置がほんの少しずれただけにすぎないのです。国立天文台のサイトでは、「天文学上の理由があって『1月1日をこの日とする』と決めたものではない」とはっきりと書かれています。

しかし不思議なもので、ひとたびこの日を1年の始まりと決めると、こんどはそれによって私たちの意識や生き方が変わってくるのです。毎年多くの人々が家をきよめて新年を迎え、初詣や教会の新年礼拝などの行事を通して、新しい気持ちで一年を始めようとします。私たちの世界観は私たちの行動に大きな影響を与えているのです。 続きを読む

きよしこの夜

するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、御使と一緒になって神をさんびして言った、「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。(ルカ2章13-14節)

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クリスマスに関連して、何年か前に偶然耳にして衝撃を受けた曲があります。それは旧ソ連の作曲家アリフレート・シュニトケによる「きよしこの夜 Stille Nacht」です。同名の有名なクリスマス・キャロルに基づいて作られた曲なのですが・・・まずはお聴きください。 続きを読む

力の支配に抗して(1)

当ブログではこれまでもシモーヌ・ヴェイユについて何度か取り上げてきました(たとえばこの記事)。

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シモーヌ・ヴェイユ(1921年)

私はヴェイユの専門家ではなく、彼女が書いたものをすべて読んでいるわけでもありませんが、暇を見ては少しずつ読んできました。その中で最も好きな作品はと問われれば、躊躇することなく挙げたいのが、「『イリアス』あるいは力の詩篇」です。これまで、冨原眞弓訳(みすず書房『ギリシアの泉』所収)、Mary McCarthyによる英訳(こちらで読むことができます)、そして最近出た今村純子訳(河出文庫『シモーヌ・ヴェイユ アンソロジー』所収)といろいろな訳で読んできましたが、読むたびに感動を新たにする珠玉の小品です。

このエッセイは、タイトルからして素晴らしいです。このような、直截的かつ詩的な表題を自分もいつか書いてみたいと思います。そして開口一番、単刀直入に主題が述べられます。

『イリアス』の真の英雄、真の主題、その中枢は、力である。

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驚くばかりの

このところアメリカの古い黒人音楽ばかり聴いています。神学校の講義を終えて帰宅するために、深夜ひとり車を走らせているときなど、アコースティックギター1本で歌われる素朴なゴスペルやブルースにほっと心が和みます。

そんなときによく聴く1枚のアルバムがあります。 続きを読む

シスター・ロゼッタの新しい歌

少し前にヘヴィーメタルについて連続記事を書きましたが、それがきっかけで日本のクリスチャンメタルバンド、Imari TonesのTak Nakamineさんご夫妻と知り合うことができました。たまたま家も近かったので実際にお会いする機会も与えられ、たいへん充実した楽しい時間を過ごすことができました。

その時にいろいろと音楽についても教えていただいたのですが、その中でSister Rosetta Tharpeという黒人女性ミュージシャンの存在を知り、とても興味を覚えて自分でも調べてみました。

ロックミュージックの起源については諸説ありますが、その誕生に大きな影響を与えた一人がシスター・ロゼッタです。彼女は1915年にアメリカ南部のアーカンソー州に生まれた歌手またギタリストで、エルヴィス・プレスリーやチャック・ベリーら初期のロックンローラーに絶大な影響を与え、「ロックンロールのゴッドマザー」と呼ばれました。

「シスター」という呼称からも分かるように、彼女はゴスペル・シンガーでもありました。彼女の母親は巡回伝道者で、彼女は子どもの時からアメリカ各地の教会やリバイバル集会で演奏し、歌っていました。彼女は一般の音楽界で成功した後も、生涯一貫してゴスペル音楽を歌い続けたクリスチャンミュージシャンでした。実にロックンロールの源流には神への賛美があったのです。 続きを読む

N・T・ライト著『驚くべき希望』紹介(のようなもの)

近年著書の邦訳ラッシュが続いている英国の聖書学者N・T・ライトですが、このたびまた新しい訳本が出ました。『驚くべき希望:天国、復活、教会の使命を再考する』(中村佐知訳・あめんどう。原題はSurprised by Hope)です。ライトについては、以前『クリスチャンであるとは』の翻訳が出たときに、当ブログでも紹介したことがあります(こちら)。本書『驚くべき希望』の日本語版出版に際して、私も少しばかりお手伝いをさせていただいた関係で、あめんどう様より見本を頂戴しました。感謝します。

SBH

本書は専門的な学術書ではなく、一般向けの書ではありますが、翻訳にして500頁近くになりますので、近寄りがたいと感じる方もおられかもしれません。巻末には山口希生先生による簡潔な解説もついていますので、そちらで全体像を掴んでから読み進めていくと良いかもしれません(こちらでも読むことができます)。このブログでは、本書の内容を細かく紹介していくというよりは、この本をきっかけにいろいろと考えたことを書き綴っていきたいと思います。

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