大学での講義

今年度の前期、名古屋にある名城大学の非常勤講師として「キリスト教文化論」の講義を担当しました。試験の採点も終わり、一区切り着いたので、この経験について振り返ってみたいと思います。

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和服についての雑感

長女がこの夏から海外に留学することになり、その前に家族写真を撮ることになりました。昔からの知り合いの写真家にお願いして、家族のポートレート写真や一人ひとりの写真、仕事用のプロフィール写真など、場所を変えてたくさんの写真を撮っていただきました。

その中で、かねてからの願いであった、和服姿の写真を撮る機会がありました。
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ジェームズ・フーストン師との出会い

1月末にワシントン州で奉仕があり渡米したのですが、その際ヴァンクーヴァーにいる知人を訪問するため、カナダまで足を伸ばしました。その折りに、かねてから興味のあったリージェント・カレッジを見学することができました。現地にお住いの荒木泉さんがキャンパスを案内してくださり、チャペルに出席した後、同大学教授であるジェームズ・フーストン先生のお宅に連れて行ってくださいました。 続きを読む

Equipper Conference 2016

12月27日から31日にかけてJCFNの主催でカリフォルニア州マリエータで行われたEquipper Conference 2016 (EC16)に参加して来ました。

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会場となったMurrieta Hot Springs Christian Conference Center

すでにシリーズ「ルカ文書への招待」(最終回の記事に各回へのリンクがあります)で書いてきたように、今回私は講師の一人としてお招きいただき、朝の4回の「聖書講解」の時間でルカ福音書からお話をさせていただきました。箇所とタイトルは以下の通りです。

第1回 「信じる者になること」(ルカ1章26-38節)
第2回 「弟子になること」(ルカ5章1-11節)
第3回 「隣人になること」(ルカ10章25-37節)
第4回 「証人になること」(ルカ24章44-53節)

参加者は毎朝の聖書講解の前に、小グループに分かれてIBS (Inductive Bible Study、帰納的聖書研究)と呼ばれるバイブルスタディを行いましたが、毎朝のIBSの箇所はその日の聖書講解と同じ箇所が取り上げられました(このような形でIBSと聖書講解を連動させたのは今回が初めての試みだったそうです)。このようにして、IBSで個人や小グループで読み、考え、話し合った同じ箇所について、さらに聖書講解で語られるのを聞くことで、聖書の理解がぐっと深まったということを何人もの方々から聞きました。語る側としても、会衆がとてもしっかりとこちらのメッセージを受けとめてくれているという手応えを感じて、安心してお話しすることができました。このような部分も含めて、集会全体が非常に緻密に考えられ、組み立てられていると思い感銘を受けました。 続きを読む

Global Returnees Conference 2015

このシルバーウィークに富士吉田市で開かれたGlobal Returnees Conference 2015に夫婦で参加してきました。私は分科会の講師として「福音の全体像を求めて」というタイトルでお話をさせていただき、妻はスモールグループのリーダーとして奉仕させていただきました。聖会の恵みとともに、多くの新しい出会いや懐かしい方々との再会もあり、大変充実した数日間を過ごさせていただきました。

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この集会を主催したのはJCFN(Japanese Christian Fellowship Network)という団体です。毎年海外で多くの日本人がイエス・キリストに出会ってクリスチャンになっています。実際、日本人が海外で信仰を持つ割合は、国内の数十倍であると言われます。ところが、その多くは日本に戻ってくると、様々な困難に直面します。教会探しの難しさ、家族や職場からのプレッシャー、異教的な日本文化との葛藤、周りにクリスチャンの友人がいない孤独感・・・残念なことに、海外で信仰を持った日本人の多くが、帰国後教会につながることができず、数年以内にキリスト者の交わりから姿を消していくそうです。JCFNはそのような大きな宣教的ニーズを見据え、在外日本人クリスチャンの帰国支援とフォローアップを行っておられる団体です。

実は私はJCFNについては十数年前から知っており、当時編集に携わっていたキリスト教系の雑誌でインタビュー記事を掲載したこともありました。それ以来、自分自身6年間の海外留学を経験したこともあり、ずっとその働きに関心を持ち続けてきましたが、こうして今回奉仕の機会が与えられ、実際に参加してみて、改めて帰国者ミニストリーの重要性を認識させられました。

今回のカンファレンスでは、海外から日本に帰国してくるクリスチャンたち、彼らを送り出す海外のミニストリー、そして日本で彼らを受け入れる働き、という様々な立場からの証詞や報告を聴く機会がありました。その中で、日本の教会が帰国者クリスチャンの存在を知り、彼らを受け入れる意識と体制を整えていくことの重要性を思いました。「帰国者大会」と聞くと、海外経験もなく、そのような人々に普段接する機会のないクリスチャンはまったく自分と無関係の働きのような印象を持つかもしれませんが、JCFNのような働きはそのような人々や教会にも広く知られていく必要があると思いました。

近年宣教学の中でも「ディアスポラ」(自発的・非自発的な移住・入植により、故郷を離れて移動した状態)の概念が注目されてきています。最近日本に帰国したという多くの(大多数が)若いクリスチャンたちの姿を見るにつけ、行き詰まりや閉塞感というキーワードで語られることが多い日本のキリスト教会にも大きなチャレンジと希望があることを思わされました。

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「福音」とは何か(関野祐二師ゲスト投稿 その5)

(シリーズ過去記事     

関野祐二先生による、福音についてのゲスト連載も、いよいよ最終回です。お忙しい中、ご協力くださった先生に心から感謝します。

*   *   *

留守ばかりのゲストで申し訳ありません。「『福音』とは何か」の五回目(最終回)は、筆者を取り巻く状況を踏まえた、まとめのエッセーといたしましょう。

最初に、「『福音』とは何か」を追求する過程で生まれた、筆者の「物語」を一部引用します。これは今年の一月下旬、筆者が牧師を務める地域教会の週報に掲載した拙文です。

「先日、珍しくTV番組を録画鑑賞しました。自動車エンジン開発の責任者が、いかに世界一の低燃費エンジンを実現したかの話です。ほぼ完成の域に達しているエンジンを改良し、三大自動車会社に対抗し得る製品を送り出すとなれば、普通のやり方では到底無理。部下たちが自信満々で持って来る「ここを改良して少し燃費が良くなりました」とのアイデアを一蹴し、「もっと振れ幅を大きくせよ」と号令を出します。少し改良して少しだけ理想に近づく、そんなみみっちい考え方を捨て、思い切った発想の転換と冒険をせよ、というのです。そして、従来は異常燃焼を恐れて10が常識だったシリンダー混合気の圧縮比を、11でも12でもなく15に上げてみよ、と提案します。頂点を目指し、大きく振れてから現実可能性を探るアプローチです。半信半疑で燃焼実験をしてみると、意外とうまくいく。考えて考えて考え抜いて、他社にないアイデアを絞り出し、実現していくタフさに圧倒される思いでした。それ以来、「振れ幅を大きく」とのフレーズがいつも頭の中を駆け巡っています。

閑話休題。今夜から明日にかけて、JEA(日本福音同盟)神学委員会の合宿に出席します。委員長に就任して半年、あらためて責任の重さを痛感させられているこの頃です。先週月曜日は、2016年の第6回日本伝道会議に向けた打ち合わせでした。複雑な世界情勢がますます緊迫し、重苦しい閉塞感が覆う今の日本において、教会はどのように役割をはたしていけるのか。伝道会議というと、どうしても日本社会の分析や伝道ノウハウの共有が主なテーマとなるのですが、それを下支えし、動機付けるのが神学です。

昨年11月の研究発表以来、振れ幅大きく、福音派神学の再検討に入りました。創世記解釈の刷新、地を治める被造物管理のあり方、原罪およびアダムという存在の再考察、義認論の中身、福音とは何かの追及などなど。浮世離れした話題のようで、実は教会と信仰の生命線とも言えましょう。信頼できるメンバーで、そんなテーマを議論したいと思います。安全圏に閉じこもった守りの姿勢ではなく、振れ幅大きくブレークスルーし、パラダイム転換をはかるつもり。どうぞお祈りください」

連載第一回に書いた、5年前の『リバイバルジャパン』掲載記事の福音理解と今とでは何が変わったのか。周辺的なことから考えると、まず時代環境が変わりました。3・11という未曾有の自然災害と最悪レベルの原発事故を経験したことで、日本の教会はそれまでの福音理解では対応できない分野が多々あることに気づかされ、「包括的(ホリスティックな)福音理解」を今まで以上に求められたのです。連載第三回にも少し書きましたが、この五ヶ月前に発表された「ケープタウン決意表明(コミットメント)」を、地球の裏側で発せられた遠い世界の声明文とは言っていられず、まさしくコミットメントを求められる事態となったのでした。筆者の牧する教会も含め、この決意表明を学習し続けている教会も少なくないでしょう。加えて、日本の政治も特定秘密保護法施行や集団的自衛権行使の憲法解釈変更、平和憲法改憲の現実化、安保関連法案の衆議院可決など、戦後70年にしてかつてないほど右傾化が急速に進み、普天間基地問題や原発再稼動が国民的議論となることも相まって、この国において教会が福音に生きることの意味を真剣に問われるようになりました。そして、このブログ連載でも取り扱ってきたように、福音理解にかかわる神学分野で欧米を中心に活発な挑戦と議論がなされ、日本の福音派も傍観者ではいられなくなっています。加えて、2016年の第六回日本伝道会議、2017年のルター宗教改革500年を間近にし、福音主義キリスト教・福音派とは何か、福音とは何か、そのアイデンティティと中身を問い直す機が熟したと言えるのではないでしょうか。「福音」とは、守るものというよりも、生きるもの、追求するもの、つまり静的(スタティック)なものではなく動的(ダイナミック)なものでありましょう。

私たち福音主義者すなわち福音派の本分は、福音を福音としてそのまま生きる「福音への献身(コミットメント)」、その単純明快な誠実さにあると考えています。まさしくそれはWWJD(What Would Jesus Do? 主イエスだったら(こんな時)どうするだろうか)を問い続けることでしょう。これこそ主イエスへの献身ということ。主イエスが生きたように私も生きる、それが福音に生きるということです。なぜなら、神の贖い物語の結論としてこの世に訪れた主イエスご自身が福音であり、神の国そのもののお方だったからです。「福音を信じなさい」(マルコ1:15)との主イエスの招きは、「わたしを信じ、わたしに学び、わたしを信頼しなさい」と等価であると考えるべきでしょう。

主イエスがもたらした福音の豊かさ、その高さ、広さ、深さ、長さを追求するには、福音の骨組みたる神学をリアルタイムで刷新しなければなりません。そのためには、振れ幅大きく、思い切ったパラダイム転換への挑戦や、異なる立場との対話、常識と思われてきたことの問い直しが求められるし、福音理解の深まりをともに追及する健全なディスカッションが必須です。宣教が困難と言われるこの日本において、その方法論、教会形成やリーダーシップのあり方、説教論、牧会やカウンセリング方法論など、実践分野の議論や研究はそれなりになされてきましたが、組織神学的なディスカッションが十分になされてきたとは言いがたい、この五年間だったというのが率直な印象です。そこには、多少語弊があるかもしれませんが、福音派特有の、自由にものが言いにくい雰囲気があったような気もします。つまり、三十年前の聖書論論争や聖霊論論争のトラウマでしょうか、従来の伝統とは異なる神学を学んだり取り上げたりするだけで、信仰の正統性や福音主義者たる資格を疑われ、レッテルを貼られるのでは、との恐れを抱かせる気風です。不変の信仰と可変の神学を混同してきたのかもしれません。もちろん、どんなに過激な神学でもOKとまでは言えないし、福音派のルーツが聖書の権威を貶める自由主義神学との訣別にあったことを考えれば無理ない面もあるのですが、もしその守りの姿勢が福音本来の自由闊達な豊潤さを妨げる結果をもたらしているとすれば、それこそ本末転倒でしょう。虎穴に入らずんば虎子を得ず、とでも言えましょうか。

ルターの宗教改革は、誤りなき神のことばとしての聖書を民衆の手に取り戻す運動でした。万人祭司として、聖職者と信徒の区別なく誰もが聖書を母国語で読み、解釈し、適用する自由を与えられたのです。だから「福音とは何か」の追求とは、厳密な神学的考察が必須だとしても、それだけで完結すべきテーマではなく、ましてや専門家や教職者の独占的テーマでもなく、母国語でのみ聖書を読む一般信徒も参画して深めるべき課題のはず。むしろそこに、専門家が見落としていた意外な側面が発見されたり、思いがけず深遠な理解が得られる可能性があるかもしれません。いや、きっとそうに違いないのです。それが福音というもの。福音とは何かの追求、福音理解の深化には、ある種の素人臭さが不可欠なのかもしれません。みことばに、主は幼子と乳飲み子たちの口に賛美を用意された(詩篇8:2、マタイ21:15-16。マタイ11:25-26も参照)とある通りです。これは、福音主義や福音派における信仰告白や信条の位置づけに関する考察にも道を開きます。聖書教理の硬直化による死せる正統主義からの脱却をはかったヨーロッパの敬虔主義と自由教会運動が、日本における福音主義のベースとなっているのは周知の事実ですが、基本的にそれは簡易信条の運動であり、厳密な信仰告白の体系化とは別の方向を目指して来たムーブメントでした。実際、中心軸をしっかり共有した上で、その他の自由を許容するのには聖霊による一致とセンスが求められます。しかし、福音には本質的にそうした要素が含まれているのではないか...もはや扱いきれないテーマになりそうなので、ここまでにしておきましょう。

「福音とは何か」の追求姿勢そのものが、「福音とは何か」を体現する、これが「福音」の定義を問われて右往左往してから五年後の結論です。「福音」は、それを聖書の物語という文脈から切り離して抽象化した瞬間、生気を失い、福音ではなくなってしまいます。福音の物語に私たちの物語を書き込み、贖いの歴史の一端を我々が構成していってこそ、福音を生きることになるのです。どんなに福音を理想的に定義し、語ったところで、その語る本人が鬼のような顔で平安を失っていたら、笑うに笑えない話でしょう。「福音」とは名詞でなく動詞、「福音」とは「福音する」という意味です。この点、「愛」ということばと相似かもしれません。「愛」も名詞ではなく動詞であり、行動に移すことなく抽象化してもなんら意味を成さない概念。なるほど、福音イコール愛、福音イコール「徹底的に愛されること」から始まるのだから納得できるではありませんか。

こうした定義もまた、「『福音』とは何か」の継続的追及によって変わり得るもの。固定化し、そこに権威付けをした途端、福音そのものが色あせ、ダイナミックさが消え、硬直化するに違いありません。いつか聞いた話ですが、目というのは絶えず細かく震えていてこそ、物を見ることができるそうです。試しに指で眼球を固定すると、不思議なことに数秒ですーっと視界が曇ってしまいます。福音主義とはムーブメント。絶えず振れ幅があってこそ、その中心にある真の福音を見据えることができるはずです。「『福音』とは何か」を、立場や伝統の違いを超えて共に追求し続け、共有すること、その福音共同体としてのあり方自体がきっと、福音とは何かを如実に証しするのでしょう。

(終わり)

戦争と神学者(6)

(このシリーズの先頭はこちら

日本基督教団より大東亜共栄圏に在る基督教徒に送る書翰」(以下「書翰」。全文はこちら)について述べてきたシリーズも、今回で最終回としたいと思います。まとめに入る前に、第一回でも述べたことをもう一度確認したいと思います。

このシリーズの目的は、特定のグループや個人を批判することにあるのではありません。戦時中の極限状況の中で先人が取った言動を、現代の平和な時代に生きる私たちが軽々しく裁くことができるものではありません。しかし、歴史の中で過去にどのようなことが起こったかを知ることは、現代に生きる私たちが今後同じ過ちを繰り返さないために必要不可欠な作業であると信じるために、敢えて歴史の暗部に光を宛てるような内容を書いてきました。同様の検証作業はすでに多くの方々がなさっておられますし、これからも引き続きおこなっていく必要があるでしょう。

さて、神学に限らず学問一般は時代や国によって変わることのない客観的真理を追究するものであり、したがって国家の思想的統制を受けたりするものではないはずだと一般に考えられています。しかし、実際の歴史の中ではこの建前はしばしばあやふやにされてしまいます。このシリーズで取りあげた書翰もその典型的な例であるといえるでしょう。

本シリーズでは書翰とカール・バルトの神学の関係について考察しました。これも誤解を招きかねない書き方をしてしまったかもしれませんが、以下に述べるように、本シリーズの主眼はバルト神学の正当性を証明することにあるのではありません。バルトの神学にどのような評価を下すにせよ、少なくとも戦時中のバルト自身の立場は全体主義をはっきりと拒絶するものであったにもかかわらず、彼の神学が日本では軍国主義イデオロギーに奉仕するように用いられたということは紛れも無い事実であり、なぜそのようなことが起こったのかを考えようというのが、本シリーズの目的でした。

しかも、バルトは当時の日本の神学者たちに影響を与えた海外の神学者の中で最大の人物であったことからも、この問題の深刻さをうかがい知ることができます。当時多くの日本人キリスト者がバルトの神学を熱狂的に受け入れていった一方、戦争という時代背景の中で、彼らが進んでいった道はバルト本人とは正反対の道でした。しかも彼らは、バルトの神学を用いることによってそうしたのです。日本の神学者たちはバルトの神学は学んでもバルトという神学者から学ぶことをしなかったといえます。

神学は変わることのない神の真理を追究していきます。それと同時に、神学はその時代、国に固有の問題と格闘し、それに対する解答を追い求めていくものです。神学はその置かれた歴史的政治的文脈と切り離して考えることはできないのです。1930年代のバルトの神学は、ナチズムの台頭と猛威という当時のドイツの歴史的文脈における教会の戦いと無縁ではありませんでした。ところが「日本では、バルトの神学と文脈を分離して神学的抽象性のレベルにおいてのみ受容するという限定がひそかに行われた」のです(『日本におけるカール・バルト』序) 。このような、「神学的抽象性と社会的・政治的具体性の二元論」が日本におけるバルト受容の特色であったといえます

このことはまた、似たような神学的立場に立っていても、神学する主体である神学者の生き方、態度、霊性といったものによって、神学自体の内容および適用が異なる場合があることを示唆しています。本シリーズのタイトルを「戦争と神学」ではなく「戦争と神学者」としたのは、この理由によります。単純に考えますと、神と人間との間の断絶を強調する弁証法神学は、国家を絶対化する全体主義とは最初から適合しないように思われますが、日本ではそうなりませんでした。これは日本だけの問題ではありません。ドイツにおいても、バルトと同じ弁証法神学の立場を取ったフリードリヒ・ゴーガルテンを始めとする何人かの神学者たちはナチスを支持したのです 。その一方で、神の国と地上の国という「二つの王国」を分けて考える傾向の強いルター派のキリスト者たちは、ナチスを受け入れやすかったのではとも考えられますが(実際バルトは二王国論に批判的でした)、ボンヘッファーやマルティン・ニーメラーといった告白教会の指導者たちはルター派でした 。また、エマヌエル・ヒルシュとパウル・ティリッヒは神学的に非常に近い立場にありましたが、政治的には全く正反対の道を歩み、ヒルシュはナチスを支持し、ティリッヒはナチスに抵抗して米国に渡ることになります(ロバート・エリクセン『第三帝国と宗教』を参照)。つまり、キリスト者の神学的な立場そのものは、その人の国家に対する立場を一意的に決定するわけではないのです。

したがって、国家を神としその前にひざまずいてしまう誘惑は、その神学的立場を問わずすべてのキリスト者が直面している問題だといえます。バルトの神学を共有しないキリスト者であっても、その生き方から学ぶことができるゆえんがここにあります。(もちろん、バルト以外にもそのような模範となる人々は存在しました)。

ナチスに抵抗したバルトと、その神学を熱心に受け入れながらも戦争に協力した(させられた)日本のバルト主義者の対照的な進路の分岐点となったのは、十戒の第一戒(唯一のまことの神以外の存在を神としてはならない)への徹底的服従であると思われます。教会がその置かれた国にあって福音を宣べ伝えていく時に、聖書が証しする三位一体の神だけが唯一まことの神であること、またイエス・キリストだけがすべての主であるという信仰と告白に立っていくことが重要です。この信仰的基礎の重要性に比べれば、教理的見解や教派的伝統の違いは二次的なことがらに過ぎないといっても過言ではありません。この点を考慮しないでバルト神学(あるいは他のいかなる神学も)と戦争との関係を議論することはあまり意味がないと思われます。

教会の主がキリスト以外の何ものかによって取って代わられていないかどうか。このことが、福音の純粋性、神学の健全さを測る一つの物差しとなります。日本基督教団がそもそも発足したのは、皇国史観に基づく「皇紀二千六百年」を記念した全国信徒大会が発端であったことを考えると、あのような書翰は決して突然変異的に生じてきたものではなく、その出発点からの論理的帰結であり、なるべくしてなったと言ってよいと思います。

日本人キリスト者の多くはキリストの十字架による罪の赦しという贖罪信仰はよく分かりますが、イエス・キリストだけが唯一の主である、という偶像禁止の教えには戸惑います。しかし福音のこの二つの側面は切り離すことができません。十字架の福音に意味があるのは、この贖いをなしてくださったイエス・キリストが、私たちの罪のために死んで復活してくださっただけでなく、やがて再び来られてさばきをなし、すべてを支配される時が来る、という信仰にあってのみです。もし私たちがすべての主であるキリストに従うことをしないなら、十字架の福音はボンヘッファーの言う「安価な恵み」に堕してしまうでしょう。神の唯一性とキリストの絶対的主権性こそ、日本のみならずあらゆる地域の神学の基礎であり、それはまた、真のいのちに溢れた神学が日本においても育っていくために必要な土壌でもあると思うのです。

(終わり)