キリスト教と愛国心

知人のアメリカ人牧師から、今年の7月4日のアメリカ合衆国独立記念日に向けてリリースされたという歌の動画リンクが送られてきました。

このGod Bless the U.S.A.という歌はアメリカのカントリー歌手リー・グリーンウッドが 1984年にリリースしてヒットした愛国歌で、当時のレーガン大統領が共和党の全国大会で使用して話題になりました。その後も湾岸戦争や9・11同時多発テロ事件などの時代にたびたびリバイバルヒットしてアメリカの国威発揚に貢献してきた曲です。そして、コロナ禍やBlack Lives Matter運動で揺れる今年の独立記念日に向けて、作曲者のグリーンウッドが米空軍軍楽隊の歌手たちと共同で新バージョンを録音したというのです。

その内容は、アメリカに生まれたことの幸せを喜び、その自由を守るために死んだ人々(軍人)への感謝を表明し、「アメリカ合衆国に神の祝福あれ」と歌うものです。

さて、この動画を送ってくれたアメリカ人牧師は、この歌に感動してシェアしてくれたわけではありません。その反対で、彼はこの歌でアメリカの愛国心が宗教的な熱意をもって讃えられていることに戦慄したと言います。そして、私に動画の感想を求めてこられました。それに対して返信した内容に、多少手を加えてこちらにも転載します: 続きを読む

悪魔の解釈学(2)

ユダヤ人はしるしを請い、ギリシヤ人は知恵を求める。しかしわたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝える。このキリストは、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものであるが、召された者自身にとっては、ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神の力、神の知恵たるキリストなのである。
(1コリント1章22-24節)

その1

前回は1980年代アメリカにおける反ロック/メタル運動において、しばしば作品の内容が大きく歪曲して解釈されたことを見ました。けれどもその一方で、ヘヴィーメタルの歌詞やアートの中に悪魔のイメージが頻繁に登場するのは確かです。「神がデスヴォイスで歌うとき」第5回では、多くの場合それは商業的理由によるものだったということを書きました。悪魔的イメージを売り物にしているメタルミュージシャンがかならずしも本物の悪魔主義者であるわけではありません。じっさい、無神論者のミュージシャンが北欧神話を題材にした歌詞を書いたりすることもあります。ですから、歌の歌詞とミュージシャンの個人的信条はかならずしも一致しないのです。

さらに、ポピュラー音楽のリスナーも、一般に歌詞の内容をそれほど気にかけているわけではありません。Weinstein によると、流行に乗って消費されるポップスとは異なり、よりシリアスなファンの多いヘヴィーメタルのリスナーは歌詞の内容により注意を向ける傾向があるそうですが、それでも、歌詞を知っている(暗唱できる)ことと、その内容を深く理解しているかどうかは別の問題です。いずれにしても、音楽であれ小説であれ映画であれ、人が見聞きした作品の世界観をそのまま信じ込むというのは、あまりにもナイーヴな考えです。

けれども、そもそもなぜメタルでは悪魔のイメージが好んで用いられるのでしょうか? このことを考えるためには、メタルというサブカルチャーの社会における位置づけを考える必要があります。 続きを読む

神がデスヴォイスで歌うとき(4)

サウロはエルサレムに着いて、弟子たちの仲間に加わろうと努めたが、みんなの者は彼を弟子だとは信じないで、恐れていた。
(使徒行伝9章26節)

その1その2その3

クリスチャンメタルは、その始まりから論議を呼ぶ存在でした。そしてそれは、Marcus Mobergが指摘するように、キリスト教会内での論争と、一般のメタルコミュニティの中での論争という、「二重の論争」の様相を呈していたのです。

一般のメタルコミュニティにおいては、クリスチャンメタルは布教目的のプロジェクトであって、音楽的には既存のメタルバンドの貧弱なコピーに過ぎないという批判が根強くあります。けれども、30年以上の歴史を経てクリスチャンメタルは多様化と発展を遂げてきており、その批判が正当なものであるかどうかは個別に判断していくべきものでしょう。

より興味深いのは、キリスト教会内での批判です。Mobergによると、このことを理解するためには、1980年代半ばのアメリカ社会をとりまく歴史的文脈を考える必要があります。 続きを読む

ルカ文書への招待(8)

      

8回にわたってEquipper Conference 2016に向けたルカ文書の入門コラムとその補足をお送りしてきましたが、今回がいよいよ最終回になりました。カンファレンスに参加しない人々にとっても、ルカ文書に興味を持っていただけるきっかけとなれば幸いです。

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ルカが語る福音の物語⑧ 「すべての主であるキリスト」

8回にわたって、ルカ文書(ルカの福音書と使徒の働き)について概観してきました。ルカはイエスと教会の物語を、地上における神の救いのご計画の現れとして描いています。そして、そのストーリーは、地中海世界におけるローマの支配という歴史的現実を背景として展開していきます。

「福音」とは、イエス・キリストを通して神の国、すなわち神の王としての支配が地上に訪れつつあることについての「よい知らせ」です。そのメッセージは、個人の心の問題だけに関するものではなく、地上の現実のあらゆる側面に関わってきます。政治もその例外ではありません。現代のような「政教分離」という考え方は聖書時代の人々にはなかったのです。 続きを読む