王なるイエスの福音

所属教会で礼拝説教の奉仕をしましたので、多少手を加えたものをお分かちします。

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「王なるイエスの福音」(使徒の働き2章32-36節)

32  「このイエスを、神はよみがえらせた。そして、わたしたちは皆その証人なのである。33  それで、イエスは神の右に上げられ、父から約束の聖霊を受けて、それをわたしたちに注がれたのである。このことは、あなたがたが現に見聞きしているとおりである。34  ダビデが天に上ったのではない。彼自身こう言っている、
『主はわが主に仰せになった、

35  あなたの敵をあなたの足台にするまでは、
わたしの右に座していなさい』。

36  だから、イスラエルの全家は、この事をしかと知っておくがよい。あなたがたが十字架につけたこのイエスを、神は、主またキリストとしてお立てになったのである」。

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「全能者キリスト」(ハギア・ソフィアのモザイク)

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「パウロ中心主義」を超えて

福音主義神学会の全国研究会議における、「信仰のみ」についての発表で提起した問題の一つは、聖書のすべてをパウロ神学のレンズを通して読もうとする傾向についてでした。

「信仰と救い」というテーマが議論されるとき、しばしばパウロ書簡における「信仰義認」をめぐって議論がなされます。パウロによる信仰義認論の解釈、およびパウロ神学におけるその位置づけが聖書学の重要課題の一つであることはいうまでもありません。けれども、その一方で、信仰の問題について、パウロ以外の新約文書、とりわけ大きな割合を占めるナラティヴ(福音書・使徒行伝)による証言が不当に軽視されてきたのではないだろうかと思います。

たとえば福音書において「信仰と救い」という主題が語られるとき、福音書のテクストが語ることにじっくりと耳を傾ける前に、条件反射的に福音書をパウロ的な信仰義認論の枠組みの中で解釈しようとする、ということが往々にしてなされているのではないでしょうか? 続きを読む

福音主義神学会全国研究会議2017

11月6日(月)から8日(水)まで、東京で行われた第15回日本福音主義神学会全国研究会議に参加してきました。今回は「3つの『のみ』の再発見~宗教改革500年によせて~」というテーマで行われました。160人ほどの参加があり、初めてお会いする方も含め、多くの人との交わりも与えられました。3日間にわたって、楽しく有意義な研鑽の時を持たせていただきました。

今回は宗教改革のスローガンである「聖書のみ」「恵みのみ」「信仰のみ」に沿って発題が行われました。最初に内田和彦先生による基調講演と藤原淳賀先生による応答講演があり、その後鎌野直人先生が「聖書のみ」について、稲垣久和先生と河正子先生が「恵みのみ」について講演をなさいました。この他2日目の午後には青木保憲先生、藤本満先生、吉田隆先生によるパネルディスカッションも行われ、開会礼拝と閉会礼拝は大坂太郎先生と正木牧人先生がそれぞれ導いてくださいました。この中で私は最終日の朝に「信仰のみ」について発表をさせていただきました。

(ちなみに3年前に奈良で行われた研究会議では、使徒的聖書解釈について発表をさせていただきましたが、その時の発表の内容に手を入れて投稿したのがこちらのシリーズです。) 続きを読む

科学と聖書(5)

その1 その2 その3 その4

使徒行伝には、さまざまな機会に初代教会でなされたスピーチがいくつも収められています。そのうち多くは、まだキリスト教信仰を持たない人々に対して、キリスト教のメッセージを宣べ伝える、いわゆる伝道説教です。これらの説教をじっくりと読んでいくと、それぞれの説教の中で語られている内容には、ある興味深い違いがあることに気づきます。

ペンテコステ(聖霊降臨)の日のペテロの説教(使徒2:14-40)、エルサレム神殿のソロモンの廊におけるペテロの説教(3:12-26)、サンヘドリンにおけるステパノの説教(7:2-53)、コルネリオの家族に対するペテロの説教(10:34-43)、ピシデヤのアンテオケにおけるパウロの説教(13:16-41)、エルサレム神殿の境内におけるパウロの説教(22:1-21)など、使徒行伝の説教の多くでは、イスラエルの歴史(そしてアブラハム、モーセ、ダビデ等、鍵となる人物)について詳しく語られ、十字架につけられて復活したナザレのイエスが旧約聖書が約束していたメシアであると論じられていきます

ところが使徒行伝には、上に挙げたようなパターンとはかなり異なる内容の伝道説教も二つ収められています。

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eラーニング「ルカが語る福音の物語」

 

Grace-onlineにおいてこの秋開講される、ルカ文書のeラーニング・コースを担当させていただく事になりました。

チラシ「eラーニング」とは、インターネットを使った学習システムのことで、世界中どこにいても講義動画やテキストを用いて学びができるだけでなく、掲示板のディスカッションを通して講師や他の受講者と交流することで、さらに理解を深めていくことができるようになっています。詳しくは、こちらをご覧ください。 続きを読む

Equipper Conference 2016

12月27日から31日にかけてJCFNの主催でカリフォルニア州マリエータで行われたEquipper Conference 2016 (EC16)に参加して来ました。

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会場となったMurrieta Hot Springs Christian Conference Center

すでにシリーズ「ルカ文書への招待」(最終回の記事に各回へのリンクがあります)で書いてきたように、今回私は講師の一人としてお招きいただき、朝の4回の「聖書講解」の時間でルカ福音書からお話をさせていただきました。箇所とタイトルは以下の通りです。

第1回 「信じる者になること」(ルカ1章26-38節)
第2回 「弟子になること」(ルカ5章1-11節)
第3回 「隣人になること」(ルカ10章25-37節)
第4回 「証人になること」(ルカ24章44-53節)

参加者は毎朝の聖書講解の前に、小グループに分かれてIBS (Inductive Bible Study、帰納的聖書研究)と呼ばれるバイブルスタディを行いましたが、毎朝のIBSの箇所はその日の聖書講解と同じ箇所が取り上げられました(このような形でIBSと聖書講解を連動させたのは今回が初めての試みだったそうです)。このようにして、IBSで個人や小グループで読み、考え、話し合った同じ箇所について、さらに聖書講解で語られるのを聞くことで、聖書の理解がぐっと深まったということを何人もの方々から聞きました。語る側としても、会衆がとてもしっかりとこちらのメッセージを受けとめてくれているという手応えを感じて、安心してお話しすることができました。このような部分も含めて、集会全体が非常に緻密に考えられ、組み立てられていると思い感銘を受けました。 続きを読む

クリスマスのわざ

カリフォルニアでのEquipper Conference 2016での奉仕のためにアメリカに来ていますが、その前にミネソタ州にある妻の実家を訪れ、何年かぶりでアメリカでのクリスマスを過ごしています。

近年は日本でもそうですが、アメリカでもクリスマスは文化の一部になっており、キリスト教とは直接関係ない世俗の祝日として楽しまれています。

同時に、日本とは異なり多くのクリスチャン人口を抱えるアメリカでは、多くの教会でクリスマスが盛大に祝われています。しかし今回は、そのどちらでもない、もう一つのクリスマスを垣間見ることができました。
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