死をもたらす神学

昨年のこの時期に書いた「クリスマスの星」という記事が、今年になってまた読まれているようです。そこでも取り上げた、マタイ福音書の降誕物語を改めて読み返していると、昨年とは違う側面に目が留まりました。

異教徒の占星術師である東方の博士たちがエルサレムを訪れて、ヘロデ大王に「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。」と訊ねると、王とエルサレムの住民は不安に陥ります。マタイは次のように続けます:

そこで王は祭司長たちと民の律法学者たちとを全部集めて、キリストはどこに生れるのかと、彼らに問いただした。彼らは王に言った、「それはユダヤのベツレヘムです。預言者がこうしるしています、『ユダの地、ベツレヘムよ、おまえはユダの君たちの中で、決して最も小さいものではない。おまえの中からひとりの君が出て、わが民イスラエルの牧者となるであろう』」。(マタイ2:4-6)

ここで興味深いのは、ユダヤの宗教家また学者であった祭司長や律法学者たちは、キリストがベツレヘムで生まれるはずだということを、聖書から正確に読み取っていたということです。にもかかわらず、彼らは東方の博士たちのようにベツレヘムまで行ってキリストを訪ねようとはしなかったのです。(エルサレムからベツレヘムまでは10キロもありません。) 続きを読む

主にあってむだでない労苦(1コリント15:58)

すでに周囲の方々にはお知らせしてきましたが、本年3月におけるリバイバル聖書神学校閉校にともない、4月から関東に移って、聖契神学校で奉仕することになりました。以下に掲載するのは、新城教会で行なった最後の礼拝説教原稿に少し手を加えたものです。

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主にあってむだでない労苦(1コリント15:58)

「だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。」

この箇所はコリント人への第一の手紙の15章の最後の節ですが、15章は復活について教えている部分です。私たちクリスチャンの希望は、この肉体の死が終わりではないということです。いつの日か神さまが定められた時にイエス・キリストが再びこの地上に来られて、私たち一人ひとりの肉体をよみがえらせてくださり、私たちは主が創造される新しい天地において、新しい復活の肉体をいただいて永遠に主と共に生きることができるというのです。その内容を受けて、パウロは「だから、あなた方の労苦は無駄ではない」と語っています。私たちの働きが無駄にならないのは、復活の希望があるからなのです。 続きを読む

クリスマスの星

イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生れになったとき、見よ、東からきた博士たちがエルサレムに着いて言った、 「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました」。 ・・・彼らは王の言うことを聞いて出かけると、見よ、彼らが東方で見た星が、彼らより先に進んで、幼な子のいる所まで行き、その上にとどまった。彼らはその星を見て、非常な喜びにあふれた。(マタイの福音書2章1-2、9-10節)

東方の博士たちが星に導かれて幼子イエスを拝みに訪れた話は、聖書にあるクリスマスの物語の中でも、ひときわ印象的なエピソードです。

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教会の降誕劇などでも馴染み深いこの話ですが、一般に知られているストーリーには、聖書に書かれていない要素もあります。 続きを読む

平和の君(2)

その1

14  キリストはわたしたちの平和であって、二つのものを一つにし、敵意という隔ての中垣を取り除き、ご自分の肉によって、15  数々の規定から成っている戒めの律法を廃棄したのである。それは、彼にあって、二つのものをひとりの新しい人に造りかえて平和をきたらせ、16  十字架によって、二つのものを一つのからだとして神と和解させ、敵意を十字架にかけて滅ぼしてしまったのである。17  それから彼は、こられた上で、遠く離れているあなたがたに平和を宣べ伝え、また近くにいる者たちにも平和を宣べ伝えられたのである。
(エペソ2章14-17節)

前回はエペソ書におけるパウロの議論から、王なるキリストが教会と世界に平和をもたらす方であることを見ました。

ところで、この箇所でパウロは、キリストはこの平和の福音を遠くの人(異邦人)にも、近くの人(ユダヤ人)にも宣べ伝えられた、と述べています(17節)。「平和を宣べ伝える」というと、現代の私たちは何かプラカードを掲げて行進する平和運動の活動家のような存在を想像するかもしれませんが、新約聖書が書かれたローマ時代には、平和をもたらし、平和を宣べ伝えるのは、世界の主である支配者のすることだったのです。

「ローマの平和」とキリストの平和

新約聖書が書かれた当時、ローマは地中海世界を支配し、それらの地域においては空前の平和と繁栄の時代が訪れていました。これを「ローマの平和 Pax Romana」といいます。ローマ帝国は、ローマの支配によって世界に平和が訪れた、と主張しました。特に初代皇帝のアウグストゥスは、ローマの内戦を終わらせて世界に平和をもたらした存在として称賛され、時には神として崇拝されました。「平和 Pax」はローマ帝国の重要な価値概念の一つでした。パクスはまた平和の女神でもあり、アウグストゥスが皇帝になる前に鋳造したコインにもパクスの姿が描かれています。アウグストゥスは前9年、ローマに平和の祭壇Ara Pacisを築きました。しかし、アウグストゥスはまた、「平和は勝利を通してもたらされる」とも言いました。ローマの平和と繁栄は強力な軍隊による広大な地域の征服を前提としていたのです。

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平和の女神Pax(右)をあしらったコイン
(Image by Classical Numismatic Group, Inc.  via Wikimedia Commons

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平和の祭壇
(Image by  Manfred Heyde via Wikimedia Commons

つまり、パウロがエペソ書を書いた当時のローマ市民は、「平和」と言えばローマの平和、ローマ皇帝が力によってもたらした平和、と考えていたのです。けれどもパウロは、真の平和は皇帝ではなくイエス・キリストによって与えられると言うのです。つまりパウロは、ローマ皇帝ではなくイエス・キリストこそが世界の主であると言っているのです。

ローマの平和と同じく、キリストによる平和もまた、戦いによって勝ち取られる平和です。しかし、その戦いの性格はローマ皇帝のものとは全く異なっています。キリストは天にあって神に敵対する霊的勢力に勝利されました(エペソ1章20-22節)。その勝利のモニュメントとして神が地上に建設しているのが、平和の祭壇ならぬ神の宮としての教会です(2章20-22節)。そして教会は地においてその戦いを継続する存在です(6章10-20節)。(エペソ書における霊的戦いについては過去記事「エペソ書とキリストの戦い」をご覧ください。)そして、キリストの勝利はローマ皇帝がしたような暴力的な軍事力とはまったく正反対の方法によって勝ち取られました。この「平和の君」はローマの支配下にあったユダヤの寒村に貧しい幼子として生まれ、まさにローマの暴力的支配の象徴である十字架につけられて殺されることになります。けれども神はこのキリストをよみがえらせ、すべての敵よりも高く挙げられました。

キリストの平和を宣べ伝える

さて、エペソ2章17節に戻りますと、キリストは遠くの者にも近くの者にも平和を宣べ伝えられた、とあります。しかし、「キリストが平和を宣べ伝えられた」とは何を意味しているのでしょうか?上にも述べたように、平和を宣べ伝えるというのは、世界の支配者のすることでした。しかし、ローマ皇帝自身が実際に帝国中をくまなく行きめぐって平和を宣べ伝えるわけではありません。実際に平和の知らせを宣べ伝えたのは、彼の臣下たちだったのです。パウロはこの節で「遠くにいたあなたがたに平和を宣べ」と書いていますが、本書の読者である小アジアの異邦人たちに実際に平和の福音を宣べ伝えたのは、パウロ自身でした(使徒18章19節、19章1節以下)。つまり、王であるキリストご自身は天の父なる神の右に着座しており、地上ではそのしもべである使徒たちが地上においてキリストの平和を宣べ伝えているのです。あるいは、キリストの霊である聖霊が使徒たちを満たしていたということから、キリストご自身が平和を宣べ伝えた、と理解することもできるでしょう。

いずれにしても、王なるキリストが実現した平和を宣べ伝えるのは、クリスチャンの務めであることは明らかです。新約聖書ではこのことをさまざまな箇所に見ることができます。すでに公生涯においてイエスは弟子たちを「平和をつくり出す人たち」と呼び(マタイ5章9節)、弟子たちは遣わされた先の家で「平和がこの家にあるように」と告げるように命じられました(ルカ10章5節。ここのギリシア語エイレーネーは多くの日本語訳聖書では「平安」と訳されていますが、個人的には「平和」と訳す方がよいと思います)。パウロが手紙の冒頭の挨拶として好んで用いた表現は、父なる神とイエス・キリストから「恵みと平和(平安)があるように」というものでした。さらに、パウロはエペソ6章の神の武具の箇所で、クリスチャンたちに「平和の福音の備え」を足にはきなさいと命じています(15節)。ちょうどローマ皇帝のもたらした平和を、ローマの役人や兵士たちがその領土の隅々にまで告げ知らせたように、キリストのしもべであり兵士でもあるクリスチャンは、キリストの平和を地の果てにまで宣べ伝える存在です。そしてそのことは、私たちがイエスの十字架に従って生きる時になされていくのだと思います。

クリスマスは、「平和の君」として来られたイエス・キリストの降誕をお祝いする時です。それは同時に、キリストの到来によってもたらされた平和を宣べ伝える教会の務めを改めて思い起こす時でもあると思います。

平和の君なる 御子を迎え
救いの主とぞ ほめたたえよ
(讃美歌112番「もろびとこぞりて」)

確かさという名の偶像(12)

(シリーズ過去記事          10 11

グレッグ・ボイド著Benefit of the Doubt『疑うことの益』)の紹介シリーズ、前回から第2部「真の信仰」に入りました。今回は第5章「空に向かって叫ぶ」を取り上げます。

前回見た第4章では、旧約聖書に見られるイスラエルの信仰は、神に対して正直に向き合い、時には神と格闘することも辞さない信仰であるということを見ました。それでは、新約聖書においてはどうでしょうか?ある人々は、「新約聖書では旧約聖書よりも完全な啓示が与えられているので、キリスト者にとっての信仰の概念は旧約時代の人々とは異なる」と考えるかもしれません。しかしボイドは、新約聖書においてはイエス・キリストという形で神が究極的な自己啓示を行われたので、確かに信仰の内容は旧約時代とは異なっているけれども、「信仰を持つとはどういう意味か」ということに関しては、旧約時代といささかも変わっていないと主張します。この章でボイドは新約聖書における信仰、それもイエス・キリストご自身の信仰について見ていきます。

「疑いを排除しない信仰」「神と格闘する信仰」・・・このような概念は、イエスその人にはまったく当てはまらないように思われるかもしれません。結局のところ、イエスこそ「 信仰の導き手であり、またその完成者」(ヘブル12章2節)であり、完全な信仰の模範を示してくださった方ではないのでしょうか?しかし、ボイドはそのような考え方は、信仰と疑いを相反するものととらえる「確実性追求型信仰」の発想から出たものであるといいます。もし疑いや葛藤を持つことが信仰を持つことと矛盾するのであるなら、イエスが父なる神と格闘されることがあるなら、それは彼の信仰が揺らいだことを意味し、罪ということさえできるかもしれません。それはイエスが罪のない生涯を送られたという、正統的キリスト教の立場ではありえないことです。しかし、前回見たような「イスラエル的信仰」が真正な聖書的信仰であるとすると、イエスがそのような形の信仰を示されたとしてもまったく不思議はないのです。ボイドは言います:

たしかに、イエスは私たちと同様、本物の誘惑を受けられたものの、罪と葛藤されたことはなかった(ヘブル4章15節)。しかしそれはイエスは決して葛藤されなかったということではない。なぜなら、すべての葛藤が罪深いというわけではないからだ。私たちの葛藤の多くは、ただ単に私たちが人間であることの結果に過ぎないのである。したがって、たとえば完全な人間としてイエスは、私たち他の人間と同じように「苦しみによって従順を学」ばれた(ヘブル5章8節)。それだけでなく、これから見るように、イエスは信仰に関することについてさえ葛藤された。それはまさに、私の意見では、イエスが持たれたような完全な信仰とは葛藤と無縁な信仰ではない、ということを示している。それはむしろ、すすんで率直に葛藤しようとする信仰なのである。(p. 93)

ボイドはこのようなイエスの格闘を伝えている箇所として、ゲツセマネの園とゴルゴタの丘におけるできごとを取り上げます。十字架を目前としたイエスはゲツセマネの園で父なる神に祈られました。「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。」(マタイ26章39節)。ここでイエスは、十字架の苦しみ(それは単なる肉体的な苦痛だけでなく、人類の罪をその身に引き受け、父なる神から断絶されるという壮絶な霊的苦痛も意味しました)をもしできることなら避けたいという願いを父に申し上げたのです。

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ジュラ・ベンツール「オリーブ山上のキリスト」

しかし、十字架以外の道はありませんでした。イエスはその後に「しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」(同)と祈られ、父のみこころに従う道を選ばれました。しかし、その前にイエスが十字架を避ける道を求められたという事実は、イエスの従順は彼が信仰の葛藤を覚えられたことと矛盾するものではないことを示しています。ここからボイドは次のように述べます:

あなたの葛藤が疑いや混乱、神の御心を受け入れる困難さ、あるいは他のどのようなことがらについてのものであれ、あなたが葛藤しているということは信仰がないということを意味するわけではない。それどころか、あなたの信仰の強さは、あなたが正直に葛藤を受け入れようとする度合いに比例するのである。(p. 93)

そして、イエスの最もはげしい葛藤はゴルゴタの丘で起こりました。彼は十字架の上で 「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」(マタイ27章46節)と叫ばれたのです。十字架の死は永遠の昔から定められていたにもかかわらず、ここでイエスは「なぜ?」と父に問いかけているのです。

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ルーベンス「十字架のキリスト」

 「確実性追求型」の信仰からすると、この決定的な瞬間にイエスは疑いを持ったので罪を犯したということになるか(それはイエスには罪がなかったという聖書の証言と矛盾します)、あるいはこのことばは彼の本心からの叫びではなかったということになり(この場合はイエスの苦しみや神からの断絶の純粋性が疑われます)、どちらにしても問題があります。けれども、聖書的な信仰が、神と格闘することを恐れない真正な信仰であるならば、イエスが十字架上で示された信仰は、まさに完璧な「イスラエル的信仰」であったということができるのです

*     *     *

この章ではボイド自身の人生における信仰の一大転機についても語られています。キリストに対する信仰を持ってまもなく、習慣的な罪からどうしても解放されることができず、絶望のどん底にまで追い詰められたボイドは、ある夜ついに感情を爆発させ、ありったけの怒りと悲しみ、絶望を神にぶつけます。原書に記述されたその時の叫びは、冒涜的とも言えるほど激しい内容ですが、少なくともそれは正直でリアルな心からの叫びでした。ボイドは、彼が神に対して正直になった時にはじめて、神は彼に対してリアルになってくださったと言います。その直後に開かれた聖書の箇所(ローマ8章1節「こういうわけで、今やキリスト・イエスにある者は罪に定められることがない。」)を通して、彼の信仰は一変することになるのです。彼は言います:

真正さは聖書的な信仰の基礎である。なぜなら真の関係は、それに関わる当事者がリアルである度合いに応じてリアルになるからだ。そして私たちと神との関係がリアルなものとならないうちは、それは決して人を変革するものにはならない。それはただ宗教的な見せかけを生む、まがいものの関係にとどまるのである。私たちの内側にある醜さは、そのような関係によっては決してつくり変えられることはない。それはただ隠されるだけである。(p. 108)

真の聖書的信仰は、ありのままの自分を神の前に差し出す率直な信仰です。そして、新約聖書に描かれているイエス・キリストは、その信仰の完璧なモデルを提供しているのです。

(続く)

確かさという名の偶像(4)

(シリーズ過去記事   

グレッグ・ボイド著Benefit of the Doubt(『疑うことの益』)の紹介シリーズ、今回は第2章「感情のとりこ」を見ていきます。

ボイドは、彼自身が確実性追求型の信仰のあり方に対して疑問を持つきっかけとなったできごとについて語ります。それは本書が書かれる約20年前に起こりました。彼の知り合いの若い男性の脳にがんが拡がっているのが見つかり、医者からは手遅れだと言われました。彼の教会ではその男性のいやしのために祈祷会が持たれました。その時、ボイド自身も含め、その場にいたクリスチャンたちは、彼らがその男性のがんがいやされることを疑わずに信じるなら、実際にその通りになると考えていました。そこで彼らは聖書のことば(マタイ9章29節「あなたがたの信仰どおり、あなたがたの身になるように」)を告白し、「神の約束に立ち」、この若い男性のいやしを宣言しました。要するに、彼らはこれまで見てきたような確実性追求型の信仰に立っていたのです。

彼らが熱心にがんのいやしのために祈りはじめた時、ボイドは自分自身の心の中に起こっている葛藤に気がつきました。彼は、おそらくこの男性は死ぬだろうという至極道理にかなった考えと戦い、彼のがんはいやされることを何とかして自分自身に納得させようと必死に努力していたのです。すると突然、彼は映画「オズの魔法使い」の1シーンを思い浮かべたそうです。それは、臆病なライオンが目を固くつむって、必死になって「私は信じる、私は信じる、私は信じる信じる信じる!」と唱えている場面でした。

「オズの魔法使い」の臆病ライオン

その祈祷会の真剣な雰囲気とはまったくそぐわないこのコミカルなイメージが頭に浮かんできた時、ボイドはこのようなタイプの信仰のあり方はとても愚かに思えてきたと言います。多くのクリスチャンは、現実から目を背けて、あることがらが真理であることを自分自身に納得させようと必死に努力し、それを「信仰」と呼んでいるのではないでしょうか

ボイドはこのようなタイプの信仰のあり方はまったく理不尽なものであることに気づきました。彼は言います:

理性的な人間が、あることがらが真理であると確信する度合いは、その信念が誤りであるとする証拠と議論に対して、それを支持する側の証拠と議論がどれほど強力であるかに比例する。だがあることがらが真理であると自分自身に語りかけることによって、自分の確信の度合いを強めようと試みることは、理性的な人間のすることではない。(p. 34)

ボイドによると、このようなタイプの信仰は現実を無視したものであると言います。彼自身、もちろん神が祈りに応えられる方であることを信じていますが、「力ある祈り」ということは、現実的には不可能と思えるような結果が与えられることについて強固な確信を持つことを必ずしも意味するわけではない、と言います。

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確かに聖書は信仰の重要性をくりかえし強調しています(たとえばヘブル11章6節)。しかし、ボイドはある人の信仰が強いということと、その人が特定のことがらについて強い確信を持つことができる能力は必ずしも関係がないと言います。そして、この後者の能力が高いからと言って、必ずしもクリスチャンとして徳が高いわけではないと論じます。生まれつき他の人々よりもものごとを「信じやすい」人々がいますが、そのことは必ずしも人格的高潔さの指標ではありません。場合によってはそのような人々は他人から騙されやすい、「おめでたい」人々と言えるかもしれません。ましてや人々のいやしや救いがそのような「信じる」心理的能力にかかっていると考えるのは道理に合わないことです。

そして、もし神がそのような「疑わずに信じる」能力にそれほど重きをおいているのなら、なぜ神は人間に批判的精神をお与えになったのでしょうか?たしかにクリスチャンは知的高慢には注意しなければなりませんし、幼子のように神に信頼することを求められています(マタイ18章3節)が、神はクリスチャンたちが幼子のように無批判にものごとを信じるように努めることを望んでおられるのでしょうか?ボイドは言います:

確実性を美徳とし、疑いを悪徳とする、このあまりにも広く行き渡っている信仰のモデルにとっては、批判的思考は最高の障害となるのである。(p. 36)

ボイドはこのようなタイプの信仰は理不尽なものであるだけでなく、非聖書的であると言います。なぜなら神は人間に理性を与え、それを行使することを望んでおられるからです。

「主は言われる、さあ、われわれは互に論じよう。」(イザヤ1章18節)

「主は言われる、『あなたがたの訴えを出せ』と。ヤコブの王は言われる、『あなたがたの証拠を持ってこい。』」(イザヤ41章21節)

聖書全巻を通して、神は人間に知恵を追い求め、真理を追究し、ものごとを理性的に考えるように求めておられます(たとえば箴言8章参照)。復活後のイエスは弟子たちに現れ、「数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された。」とあります(使徒1章3節)。また、信仰者は「心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。」(マタイ22章37節)と命じられています。このように、聖書的な強い信仰を持つことと批判的な理性を行使することとは矛盾するものではないのです。信仰は「盲信」とは違います。

ボイドは2章でさらに確実性追求型信仰の問題点について論じていきますが、長くなりましたので続きは次回にします。

(続き)