『聖書信仰とその諸問題』への応答6(藤本満師)

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藤本満先生によるゲスト投稿シリーズ、第6回をお送りします。

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6 説教と聖書信仰

前回、言葉はそもそも「記される前に語られるもの」であることを論じました。聖書においても、「神は言われた」とあるように、記された言葉がはじめは語られた言葉であったことを示している箇所がいくつもあります。

当然その次に、記された神の言葉は語られます。つまり説教です。そこで説教の意義が、「聖書信仰」の世界でも十分に考慮されなければならないことを今回は論じてみようと思います。 続きを読む

恵みへの応答

26 六か月目に、御使ガブリエルが、神からつかわされて、ナザレというガリラヤの町の一処女のもとにきた。27 この処女はダビデ家の出であるヨセフという人のいいなづけになっていて、名をマリヤといった。28 御使がマリヤのところにきて言った、「恵まれた女よ、おめでとう、主があなたと共におられます」。29 この言葉にマリヤはひどく胸騒ぎがして、このあいさつはなんの事であろうかと、思いめぐらしていた。30 すると御使が言った、「恐れるな、マリヤよ、あなたは神から恵みをいただいているのです。31 見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名づけなさい。32 彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり、33 彼はとこしえにヤコブの家を支配し、その支配は限りなく続くでしょう」。34 そこでマリヤは御使に言った、「どうして、そんな事があり得ましょうか。わたしにはまだ夫がありませんのに」。35 御使が答えて言った、「聖霊があなたに臨み、いと高き者の力があなたをおおうでしょう。それゆえに、生れ出る子は聖なるものであり、神の子と、となえられるでしょう。36 あなたの親族エリサベツも老年ながら子を宿しています。不妊の女といわれていたのに、はや六か月になっています。37 神には、なんでもできないことはありません」。38 そこでマリヤが言った、「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」。そして御使は彼女から離れて行った。‭‭(ルカの福音書1章26-38節)

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フラ・アンジェリコ「受胎告知」

今年もアドベント(待降節)の季節を迎えています。アドベントとはラテン語で「到来」を意味するadventusということばから来ています。旧約聖書で約束されていた救い主であるイエス・キリストの到来を待ち望んでいたイスラエルの信仰に自らを重ね合わせると同時に、再び来られる主を待ち望む思いを新たにする季節でもあります。

冒頭に引用した箇所は聖母マリアが天使ガブリエルからイエスの誕生を知らされる、いわゆる「受胎告知」の場面です。ここに描かれているマリアの姿は、キリスト者の信仰の姿、また献身の一つのモデルと言っても良いと思います。

このエピソード全体を貫くテーマは「恵み」です。ガブリエルは開口一番、マリアに「恵まれた女よ、おめでとう」と語りかけます。また、30節でも重ねて「あなたは神から恵みをいただいているのです」と言っています。神の恵みがすべてに先だってあり、マリアの信仰はその恵みへの応答なのです。その特徴を3つに分けて見ていきましょう。 続きを読む

Global Returnees Conference 2018(その1)

5月2日から今日(5日)にかけて、以前の記事でもお知らせした帰国者クリスチャンのためのカンファレンス、GRC18に参加してきました。

GRCは海外で信仰を持って帰国した日本人クリスチャン、また帰国者クリスチャンを積極的に受け入れようとする日本の教会のクリスチャン、日本に遣わされている海外からの宣教師など、さまざまな立場の人々が集って信仰を強めあい、互いの交流を深める貴重な場となっています。私自身も、集会や多くの方々との再会と新しい出会いを通して、たくさんの恵みをいただきました。

今回のGRCの全体テーマは「Dwell: 主は私達と共に住む」でしたが、その中で2回の聖書講解と分科会を担当させて頂きました。今回は3日朝の第1回聖書講解の内容に多少手を加えたものを掲載します。 続きを読む

主にあってむだでない労苦(1コリント15:58)

すでに周囲の方々にはお知らせしてきましたが、本年3月におけるリバイバル聖書神学校閉校にともない、4月から関東に移って、聖契神学校で奉仕することになりました。以下に掲載するのは、新城教会で行なった最後の礼拝説教原稿に少し手を加えたものです。

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主にあってむだでない労苦(1コリント15:58)

「だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。」

この箇所はコリント人への第一の手紙の15章の最後の節ですが、15章は復活について教えている部分です。私たちクリスチャンの希望は、この肉体の死が終わりではないということです。いつの日か神さまが定められた時にイエス・キリストが再びこの地上に来られて、私たち一人ひとりの肉体をよみがえらせてくださり、私たちは主が創造される新しい天地において、新しい復活の肉体をいただいて永遠に主と共に生きることができるというのです。その内容を受けて、パウロは「だから、あなた方の労苦は無駄ではない」と語っています。私たちの働きが無駄にならないのは、復活の希望があるからなのです。 続きを読む

大きな喜びの知らせ

クリスマスおめでとうございます。このクリスマスに行った説教に手を加えたものをアップします。

8  さて、この地方で羊飼たちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。9  すると主の御使が現れ、主の栄光が彼らをめぐり照したので、彼らは非常に恐れた。10  御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。11  きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。12  あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」。13  するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、御使と一緒になって神をさんびして言った、
14  「いと高きところでは、神に栄光があるように、
地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。

15  御使たちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼たちは「さあ、ベツレヘムへ行って、主がお知らせ下さったその出来事を見てこようではないか」と、互に語り合った。16  そして急いで行って、マリヤとヨセフ、また飼葉おけに寝かしてある幼な子を捜しあてた。17  彼らに会った上で、この子について自分たちに告げ知らされた事を、人々に伝えた。18  人々はみな、羊飼たちが話してくれたことを聞いて、不思議に思った。19  しかし、マリヤはこれらの事をことごとく心に留めて、思いめぐらしていた。20  羊飼たちは、見聞きしたことが何もかも自分たちに語られたとおりであったので、神をあがめ、またさんびしながら帰って行った。
(ルカ2章8-20節)

日本でも年中行事の一つとしてすっかり定着したクリスマスですが、本来はイエス・キリストの誕生をお祝いするキリスト教の祝日です。ただし、12月25日にキリストの降誕を祝うようになったのは後の時代の話で、聖書にはイエスさまが実際何月何日にお生まれになったかは書いてありません。イエスさまがいつお生まれになったかよりも大切なのは、どういう状況でお生まれになったか、ということです。

聖書の中でイエス・キリストの誕生のようすを詳しく書いてところは2箇所ありますが、今日はその中でルカの福音書から、聖書の世界に分け入っていきたいと思います。 続きを読む

王なるイエスの福音

所属教会で礼拝説教の奉仕をしましたので、多少手を加えたものをお分かちします。

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「王なるイエスの福音」(使徒の働き2章32-36節)

32  「このイエスを、神はよみがえらせた。そして、わたしたちは皆その証人なのである。33  それで、イエスは神の右に上げられ、父から約束の聖霊を受けて、それをわたしたちに注がれたのである。このことは、あなたがたが現に見聞きしているとおりである。34  ダビデが天に上ったのではない。彼自身こう言っている、
『主はわが主に仰せになった、

35  あなたの敵をあなたの足台にするまでは、
わたしの右に座していなさい』。

36  だから、イスラエルの全家は、この事をしかと知っておくがよい。あなたがたが十字架につけたこのイエスを、神は、主またキリストとしてお立てになったのである」。

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「全能者キリスト」(ハギア・ソフィアのモザイク)

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キリストの福音にふさわしい生活

所属教会で礼拝説教の奉仕がありましたので、その内容を要約・編集したものを掲載します。ただし、説教そのままではなく、かなり手を加えています。

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「キリストの福音にふさわしい生活」(ピリピ1章27-30節)

27  ただ、あなたがたはキリストの福音にふさわしく生活しなさい。そして、わたしが行ってあなたがたに会うにしても、離れているにしても、あなたがたが一つの霊によって堅く立ち、一つ心になって福音の信仰のために力を合わせて戦い、 28  かつ、何事についても、敵対する者どもにろうばいさせられないでいる様子を、聞かせてほしい。このことは、彼らには滅びのしるし、あなたがたには救のしるしであって、それは神から来るのである。 29  あなたがたはキリストのために、ただ彼を信じることだけではなく、彼のために苦しむことをも賜わっている。 30  あなたがたは、さきにわたしについて見、今またわたしについて聞いているのと同じ苦闘を、続けているのである。

この箇所で、パウロは開口一番「ただ一つ。(モノン)」(新改訳)と語っています。ピリピのクリスチャンたちが、これだけはどうしても外してはならない、もっとも大切なこと、それは「キリストの福音にふさわしく生活しなさい。」ということでした(27節)。これこそ、私たちクリスチャンがフォーカスすべき、ただ一つの大切なことなのです。

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