N・T・ライト著『使徒パウロは何を語ったのか』について

いのちのことば社から出版されたN・T・ライトの『使徒パウロは何を語ったのかについて、同社の月刊誌『いのちのことば』6月号に短い紹介文を書きました。これは「聖書を掘り下げる――豊かな福音理解を求めて」という特集の一部で、岡山英雄先生によるリチャード・ボウカム著『聖書と政治』の紹介記事とともに掲載されました。字数の関係で本格的な書評という形では書けませんでしたが、これをきっかけに多くの方々がこの本を手にしてくださることを願っています。

その原稿を、同誌の許可をいただいてブログにも掲載します。

WrightReview1

 

続きを読む

グレッグ・ボイド・インタビュー(3)

その1 その2

グレッグ・ボイド博士のインタビューを掲載しています。今回お届けする部分では、神の主権や力をどのように理解すべきかという、重要な問題について語ってくださっています。

*     *     *

――オープン神論を学べば学ぶほど思わされるのは、私たちは神の主権や力、支配と言った概念について聖書的に再定義する必要があるのではないかということです。なぜなら、オープン神論に対して、特にカルヴァン主義陣営からもっともしばしば加えられる批判の一つは、それが神の主権をないがしろにしているということだからです。神の主権、つまり神が宇宙の王であるということと、自由意志や神の愛といった概念を、どのように両立させることができるのでしょうか? 続きを読む

ピーター・エンズ著『確実性の罪』を読む(9)

(過去記事        

前回取り上げた、『確実性の罪(The Sin of Certainty)』の7章でエンズは疑いについて書きましたが、8章では信頼について書いています。信仰を神への信頼としてとらえるなら、疑いは信仰の敵ではありません。疑いを受け入れつつ、それでも神に信頼していくのが、聖書的な信仰と言えます。「信頼の習慣を養う Cultivating a Habit of Trust」と題された第8章では、ものごとをコントロールしようとする思いを手放して、神への信頼を身につけていくべきことについて書かれています。 続きを読む

ピーター・エンズ著『確実性の罪』を読む(8)

その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7

『確実性の罪(The Sin of Certainty)』の7章で、エンズは「疑い」について正面から取り上げます。疑いとは何でしょうか、そして、信仰者は疑いにどのように接していったら良いのでしょうか?

信仰者の多くは、これまで自分が確信し、そこに人生のよりどころを見いだしてきたことがらについての深刻な疑いを経験します。そしてそれは私たちに大きな不安や恐れを引き起こします。多くの場合、そのような危機に直面したクリスチャンは、何か自分に問題があると考え、なんとか壊れたところを修復しようと努力します。その試みがうまくいけば、私たちは元の信仰生活に戻り、以前と同じ歩みを続けて行きます。けれども、もしそれがうまくいかず、疑いが長期間にわたって続くような場合、心に絶望を秘めながら表面上はこれまでと同じ信仰の歩みを続けて行く人もいれば、潔く信仰に見切りをつけて去っていく人もいます。いずれにしても、疑いは信仰の敵と考えられています。

しかし、エンズはそのように考える必要はないと言います。エンズによると、疑いは信仰の敵ではありません。疑いが信仰の敵のように思えるのは、私たちが「信仰」を私たちの「確実な考え」と同一視するからだと言います。 続きを読む

クリスマスのわざ

カリフォルニアでのEquipper Conference 2016での奉仕のためにアメリカに来ていますが、その前にミネソタ州にある妻の実家を訪れ、何年かぶりでアメリカでのクリスマスを過ごしています。

近年は日本でもそうですが、アメリカでもクリスマスは文化の一部になっており、キリスト教とは直接関係ない世俗の祝日として楽しまれています。

同時に、日本とは異なり多くのクリスチャン人口を抱えるアメリカでは、多くの教会でクリスマスが盛大に祝われています。しかし今回は、そのどちらでもない、もう一つのクリスマスを垣間見ることができました。
続きを読む

ルカ文書への招待(8)

      

8回にわたってEquipper Conference 2016に向けたルカ文書の入門コラムとその補足をお送りしてきましたが、今回がいよいよ最終回になりました。カンファレンスに参加しない人々にとっても、ルカ文書に興味を持っていただけるきっかけとなれば幸いです。

*     *     *

ルカが語る福音の物語⑧ 「すべての主であるキリスト」

8回にわたって、ルカ文書(ルカの福音書と使徒の働き)について概観してきました。ルカはイエスと教会の物語を、地上における神の救いのご計画の現れとして描いています。そして、そのストーリーは、地中海世界におけるローマの支配という歴史的現実を背景として展開していきます。

「福音」とは、イエス・キリストを通して神の国、すなわち神の王としての支配が地上に訪れつつあることについての「よい知らせ」です。そのメッセージは、個人の心の問題だけに関するものではなく、地上の現実のあらゆる側面に関わってきます。政治もその例外ではありません。現代のような「政教分離」という考え方は聖書時代の人々にはなかったのです。 続きを読む

ルカ文書への招待(7)

     

Equipper Conference 2016に向けたルカ文書の入門コラムとその補足、その7回目はルカの語る「救い」について考えます。

*     *     *

ルカが語る福音の物語⑦ 「ルカ文書における救い」

ルカ文書の重要な主題の一つは「救い」です。ルカ福音書のクリスマス物語では、ベツレヘムで生まれたイエスが「救い主」と呼ばれています(ルカ2章11節)。神に献げるために幼子イエスが神殿に連れてこられたとき、シメオンはイエスを抱いて言います。

 「主よ。今こそあなたは、あなたのしもべを、 みことばどおり、安らかに去らせてくださいます。私の目があなたの御救いを見たからです。御救いはあなたが 万民の前に備えられたもので、異邦人を照らす啓示の光、 御民イスラエルの光栄です。」(ルカ1章29-32節)

ここで注目すべきなのは、イエスにおいて実現しようとしている神の救いはすべての人のためのものだ、と語られている点です。イエスはイスラエルだけでなく、全人類に救いをもたらすお方です。3章6節でもルカはイザヤ書を引用して「こうして、あらゆる人が、 神の救いを見るようになる。」と述べています。 続きを読む