神学的人間論と同性愛・同性婚(藤本満師ゲスト投稿5)

その1 その2 その3 その4

藤本満先生のゲスト連載、その5回目をお送りします。今回の連載はこれで最終回になりますが、貴重な問題提起を行ってくださった藤本先生に心から感謝します。

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5.神学的人間論と同性愛・同性婚

かつて「聖書信仰」の問題を取り上げたとき、私は福音派の聖書理解が停滞し、神学的にも膠着状態にあることを意識していました。批評学だけでなく、言語学や解釈学に応える「聖書信仰」とはどのようなものなのか? 理性の絶対性への疑いが明らかになった時代にあって、福音派の聖書理解は新しい可能性がどのように展開しているのか、目を上げて見渡してみよう、と。探っていくうちに、私自身、神学的に、信仰的に整理が与えられ、また前進する挑戦をいただきました。しかし、ある方々には、そのような理解の前進は「逸脱」と映ったようでした。

今回の論考は短いものですが、「聖書信仰」という特殊な課題とは違って、日本のキリスト教会の伝統的な考え方全体に一石を投じるくらいのおののき、また覚悟を意識しています。神学的人間論の今日的諸問題の一つとして、同性愛・同性婚の問題は避けることができないでしょう。社会の理解はわずかながら進んでも、日本の教会はこの課題を神学に論議するには至っていません。アメリカでは、すべての州が同性婚を法律的に認めています。また神学的・倫理的・聖書的議論は、ここ20年、福音派の中でも活発になされてきました。活発すぎて、時に教会を分断するような結果を生み出しました。

今回の論考では、同性愛を「擁護する神学的な考え方」を紹介し、神学的なことにとどめます。運動的な、あるいは文化的な風潮には触れません。紹介するのは、戦後ドイツの偉大な神学者のひとりヘルムート・ティーリケと、最近の英国教会(聖公会)で絶大な影響力を持っている神学者ローワン・ウィリアムズです。

今回は、同性愛を禁じている6つの聖書箇所の解釈には触れません。6つの聖書箇所とは、創世記19章のソドム、レビ記18:22、同20:13、Ⅰコリント6:9-10、Ⅰテモテ1:10、ロマ1:26-27です。これらの聖句の歴史的背景、解釈の仕方については多くの議論が積み重ねられてきました。それらについても学ぶ機会を得て、あらためて紹介したいと思っています。ちょうど今年、いのちのことば社からLGBTと聖書の福音(アンドリュー・マーリン著、岡谷和作訳)が出版されました。支持する人も反対する人も、妙なレッテルをはって片付けてしまうのではなく、「神学的な視点」からこの問題を見てみましょう。ブログ記事としては長いのですが、最後まで読んでくださると感謝です。 続きを読む

キリスト教と愛国心

知人のアメリカ人牧師から、今年の7月4日のアメリカ合衆国独立記念日に向けてリリースされたという歌の動画リンクが送られてきました。

このGod Bless the U.S.A.という歌はアメリカのカントリー歌手リー・グリーンウッドが 1984年にリリースしてヒットした愛国歌で、当時のレーガン大統領が共和党の全国大会で使用して話題になりました。その後も湾岸戦争や9・11同時多発テロ事件などの時代にたびたびリバイバルヒットしてアメリカの国威発揚に貢献してきた曲です。そして、コロナ禍やBlack Lives Matter運動で揺れる今年の独立記念日に向けて、作曲者のグリーンウッドが米空軍軍楽隊の歌手たちと共同で新バージョンを録音したというのです。

その内容は、アメリカに生まれたことの幸せを喜び、その自由を守るために死んだ人々(軍人)への感謝を表明し、「アメリカ合衆国に神の祝福あれ」と歌うものです。

さて、この動画を送ってくれたアメリカ人牧師は、この歌に感動してシェアしてくれたわけではありません。その反対で、彼はこの歌でアメリカの愛国心が宗教的な熱意をもって讃えられていることに戦慄したと言います。そして、私に動画の感想を求めてこられました。それに対して返信した内容に、多少手を加えてこちらにも転載します: 続きを読む

人種差別と女性差別(藤本満師ゲスト投稿3)

その1 その2

藤本満先生のゲスト投稿、3回目をお送りします。今回は先日私が投稿した記事とも重なる、差別の問題を取り上げてくださいました。時期的にもとてもタイムリーな寄稿をいただき、心から感謝しています。

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「神の像」をゆがめて用いるとき――人種差別と女性差別

 「キリスト者の生」「キリスト者の成熟」を念頭に置きながら、その根底にある「神学的人間論」を論じること、所詮、それは筆者にとっては手の届かぬ試みです。H. W. ヴォルフによる『旧約聖書の人間論』(1983年に邦訳)辺りから聖書の人間論に関心が持たれるようになりました。W. パネンベルク人間学――神学的考察』(2008年に邦訳)はおそらく最も包括的な論でしょう。福音派では、河野勇一わかるとかわる!《神のかたち》の福音』(2017年)も優れた書物として挙げるべきであると考えています。

それらの書を前に筆者の切り込む余地はないと判断し、記すことにしたのは、今日、神学的人間論において話題となっているトピック、(1)物語神学とキリスト者の生、(2)ピストゥス・クリストゥス論争とキリストの像。そして今回3回目は、「神の像」をゆがめて用いながら「差別を正当化してきた歴史」についてです。 続きを読む

ラルフ・ハモンド師の想い出―人種問題に寄せて

今、米国で人種間の対立が再び表面化してきています。ミネソタ州ミネアポリスで白人警官に拘束された黒人男性が死亡した事件をめぐって抗議デモが全米各地に広がっていることは、各種報道で広く知られているので、それについて詳述することはしません。ただ、今回の事件が起こったミネアポリスは私の妻の出身地であり、今でも家族がその地域に住んでいます。また私がアメリカで最初に学んだベテル神学校も、隣町のセントポールにありました(この2つの町は合わせて「双子都市Twin Cities」と呼ばれています)。したがって、個人的にもつながりのある地で起こった悲惨な事件に深い悲しみを覚えています。

今回の事件についていろいろと思い巡らしていたとき、一人の人物の顔が思い浮かんできました。それはベテル神学校時代の恩師の一人、ラルフ・ハモンド師(Dr. Ralph E. Hammond)でした。 続きを読む