科学と聖書(3)

その1 その2

今回もずいぶん間が空いてしまいましたが、科学と聖書についてのシリーズを続けたいと思います。

バイオロゴスのウェブサイトには次のようなミッション・ステートメントが掲げられています。

バイオロゴスは、神による創造の進化的理解を提示することによって、教会と世界が科学と聖書的信仰の調和を見出すようにと勧めます。

そして次の中核的なコミットメントを掲げています:

  • 私たちは、歴史的キリスト教信仰を受け入れ、聖書の権威と霊感を支持します。
  • 私たちは神が何十億年にもわたって存在するすべての生命を造られた創造主であることを認め、進化的創造を支持します。
  • 私たちは真理を追求し、自然界と聖書を研究する中でつねに学び続けていきます。
  • 私たちは謙遜を得ようと努力し、異なる意見を持つ人々とも親切な態度で対話することに努めます。
  • 私たちは、科学や教育、ビジネスなどあらゆる領域で卓越することを目標とします。

ここからバイオロゴスについて2つのことが分かります。1.福音主義的なキリスト教信仰を掲げていること、そして2.生物学的進化を神の創造の手段として受け入れる、いわゆる「進化的創造論evolutionary creationism」の立場に立っていることです(バイオロゴスの詳しい信仰基準についてはこちらを参照)。

ある人々にとっては、この二つはまったく両立不可能と思えるかもしれません。けれども、そのような人々も、なぜバイオロゴスのような団体が存在し、多くの人々に支持されているのか、冷静に考えてみる必要があると思います。(バイオロゴスのサイトに登場する神学者や聖書学者の中には、このブログの読者にはおなじみの、N・T・ライト、スコット・マクナイト、ピーター・エンズ、グレッグ・ボイドらがいます。ただしもちろん、彼らが聖書と科学の問題について全く同じ見解をもっているわけではありません)。

どのような議論でもそうですが、進化論の問題を考える際には特に、用語の定義をはっきりとさせておくことが必要不可欠です。キリスト教会で進化論について議論することが大変難しい理由の一つは、「進化論」という言葉にあまりにも多くの含意が込められている現実があるからだと思います。 続きを読む

『焚き火を囲んで聴く神の物語・対話篇』書評

以前紹介した本ですが、私も執筆者の一人に加えていただいた焚き火を囲んで聴く神の物語・対話篇』の書評が『本のひろば』9月号に掲載されました。評者はこのブログでもおなじみの藤本満先生です。

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藤本先生は本書の魅力を的確に、分かりやすく紹介してくださっていますが、特に強調しておられるのが、本書はいわゆる対談集ではない、ということです:

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大学での講義

今年度の前期、名古屋にある名城大学の非常勤講師として「キリスト教文化論」の講義を担当しました。試験の採点も終わり、一区切り着いたので、この経験について振り返ってみたいと思います。

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和服についての雑感

長女がこの夏から海外に留学することになり、その前に家族写真を撮ることになりました。昔からの知り合いの写真家にお願いして、家族のポートレート写真や一人ひとりの写真、仕事用のプロフィール写真など、場所を変えてたくさんの写真を撮っていただきました。

その中で、かねてからの願いであった、和服姿の写真を撮る機会がありました。
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バイオロゴス・カンファレンス・レポート(クリスチャン新聞)

3月末に参加したバイオロゴス・カンファレンスについて、クリスチャン新聞の依頼で執筆したレポートが、5月21日号に掲載されました。同紙の許可を得て、その内容をブログでも掲載します。先に投稿した記事とも部分的に重なりますが、興味のある方はお読みください。

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バイオロゴスのデボラ・ハースマ代表による講演

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クリスマスのわざ

カリフォルニアでのEquipper Conference 2016での奉仕のためにアメリカに来ていますが、その前にミネソタ州にある妻の実家を訪れ、何年かぶりでアメリカでのクリスマスを過ごしています。

近年は日本でもそうですが、アメリカでもクリスマスは文化の一部になっており、キリスト教とは直接関係ない世俗の祝日として楽しまれています。

同時に、日本とは異なり多くのクリスチャン人口を抱えるアメリカでは、多くの教会でクリスマスが盛大に祝われています。しかし今回は、そのどちらでもない、もう一つのクリスマスを垣間見ることができました。
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Even Saints Get the Blues(信仰者と嘆きの歌)(3)

その1 その2

アメリカ・ミシシッピ州クラークスデール。ハイウェイ61号線と49号線の交わる十字路に、一人の男が立っていた。時刻は真夜中を回ろうとしていた。男は手に使い古したギターを持ち、何かを、あるいは誰かを待っていた。男の名はロバート・ジョンソン。彼は悪魔と契約を結ぶためにそこに立っていた。おのれの魂を売り渡し、それと引きかえに、ほかの誰にもまねのできないギターの演奏技術を手に入れるために――

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20世紀のポピュラー音楽史に名を残すブルース・マン、ロバート・ジョンソンをめぐるこの「クロスロード伝説」はあまりにも有名ですが、そこには数々の曖昧さが残されています。まず、この逸話の主人公はロバート・ジョンソンではなく、もともとはトミー・ジョンソンという別のブルース・マンの話として語り継がれていたものだといいます。しかしロバートは、自らの超絶的ギターテクニックを売り込むために、すすんでこの「悪魔に魂を売ったギタリスト」のイメージを広めていったのかもしれません。

また、この伝説と絡めて語られることの多いジョンソンの「クロスロード・ブルース」の歌詞には、悪魔はいっさい登場しません。それどころか、この歌の中でジョンソンは十字路にひざまずいて、主なる神に祈りを捧げているのです。 続きを読む