キリスト教と愛国心

知人のアメリカ人牧師から、今年の7月4日のアメリカ合衆国独立記念日に向けてリリースされたという歌の動画リンクが送られてきました。

このGod Bless the U.S.A.という歌はアメリカのカントリー歌手リー・グリーンウッドが 1984年にリリースしてヒットした愛国歌で、当時のレーガン大統領が共和党の全国大会で使用して話題になりました。その後も湾岸戦争や9・11同時多発テロ事件などの時代にたびたびリバイバルヒットしてアメリカの国威発揚に貢献してきた曲です。そして、コロナ禍やBlack Lives Matter運動で揺れる今年の独立記念日に向けて、作曲者のグリーンウッドが米空軍軍楽隊の歌手たちと共同で新バージョンを録音したというのです。

その内容は、アメリカに生まれたことの幸せを喜び、その自由を守るために死んだ人々(軍人)への感謝を表明し、「アメリカ合衆国に神の祝福あれ」と歌うものです。

さて、この動画を送ってくれたアメリカ人牧師は、この歌に感動してシェアしてくれたわけではありません。その反対で、彼はこの歌でアメリカの愛国心が宗教的な熱意をもって讃えられていることに戦慄したと言います。そして、私に動画の感想を求めてこられました。それに対して返信した内容に、多少手を加えてこちらにも転載します:

 

○○先生

メールをありがとうございました。歌の動画を興味深く見させていただきました。特に気がついたのは次の点です:

  • いかにもアメリカの白人中産階級が好みそうなカントリー・ポップ調の音楽であること
  • 出演者の大多数は白人であること(他はアフリカ系とアジア系がそれぞれ1人ずついるだけ)
  • 歌詞の中でアメリカを守ってくれているのは「男たちmen」とはっきり男性に限定されていること(動画で歌っているAir Force Bandには明らかに女性も含まれているにもかかわらず!)

一言でいえば、アメリカ(それも白人男性中心の視点から見たアメリカ)と言う国家への愛を宗教的感情と結びつけて鼓舞しようとしている歌だと思いました。そして、愛国心を高めるために神を持ち出すことは、ある意味きわめて「効果的」な手法なのだと思います。

私は9・11のテロ事件があった時にアメリカに留学していましたが、あの時も社会全体で急激に愛国心が高まるのを見て驚いたのを覚えています。今回のコロナ禍もそうですが、危機的状況になると愛国主義が高まるのはどこの国でも同じかもしれません。けれども特にアメリカは歴史が浅く移民が多いために、国民をまとめるための強固なイデオロギーを必要としているのかもしれないと思います。

アメリカの教会では教会に国旗を飾ったり、礼拝の中で愛国的イベントを行ったりすることがありますね。特に独立記念日、メモリアル・デー(戦没将兵追悼記念日)、ベテランズ・デー(復員軍人の日)などが多いと思います。多くのアメリカ人にとって、クリスチャンであることとアメリカ人であることは分かちがたく結びついているようです。

その中でも私が特に異様に思ったのは、アメリカ人としての特権(自由など)を守ってくれているのが軍隊だ、ということで、軍を称賛する雰囲気が教会の中にもあることです。例えば次の動画では、米軍兵士の犠牲がイエス・キリストの犠牲と重ね合わされて、Amazing Graceの調べと共に描かれています。それはまるで、アメリカの自由と繁栄は戦没者たちの犠牲を通して神からもたらされた「驚くばかりの恵み」である、とでも言おうとしているかのようです。

これはまさに、国家とその軍事力を神と同じレベルにまで高めている偶像礼拝と言えるかもしれません。さらにここでは、敵を愛し迫害する者のために祈れと教え、十字架にかけられて死んだイエス・キリストと、近代的な装備で敵を殺戮する軍隊を同一視するという、これ以上ないほどの聖書のメッセージの歪曲が見られると思います。(だからといって、個々の戦没者の死を悼む遺族の思いを否定するわけではありません。しかし、彼らはむしろ国家によってなされた戦争という巨大な悪の犠牲者と言った方がいいのではないでしょうか。)

もちろん、すべての福音派教会がこのようだというわけではありません。私が留学中に出席していたミネソタの教会では、グレッグ・ボイド牧師が福音派教会における信仰と愛国主義の癒着を批判する一連の説教をした後に、5000人いた会員のうち1000人が教会を出ていきました。その説教シリーズを元にして彼が書いたThe Myth of a Christian Nationという本はベストセラーになり、ニューヨーク・タイムズに取り上げられたこともあります。しかし、ボイド師がこれほどの注目を集めたのは、彼のような立場を取る福音派クリスチャンが非常に珍しかったという憂うべき現実を逆に反映しているとも言えます。まだまだ多くの福音派教会では、愛国心と信仰を区別することが難しいのかもしれません。日本では、「米国キリスト教福音派」と言えば共和党政権を支持する政治的保守勢力と同一視されることがいまだに一般的です。

次の動画はThe Myth of a Christian Nation出版当時のボイド師のインタビューです。

ひるがえって、日本はどうでしょうか? 日本にもアメリカほど多くはないかもしれませんが、愛国主義的なクリスチャンはいます。けれどもアメリカとの違いは、キリスト教徒が少数派であるために、そのような愛国心と癒着した信仰が社会全体に大きな悪影響を与える可能性がほとんどないことだと思います(その現実を喜んでいいのか悲しんでいいのかわかりませんが)。逆に、将来キリスト教が社会で影響力を増していくことがあれば、教会が愛国主義を採用する誘惑は必ずやってくると思います。キリスト教が社会で大きな影響力を持てば持つほど、逆に教会が世俗権力と融合していく危険性が大きくなる――これはローマ帝国のキリスト教化以来、あらゆる国・民族のキリスト教に共通しているジレンマといえるのかもしれません。

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P.S. 冒頭の歌と同じカントリーミュージックでも、私の大好きな歌にDixie ChicksによるTravellin’ Soldierがあります。若くして戦地に赴いて死んだ恋人への想いを歌ったもので、声高にイデオロギーを叫ぶのではなく、一市民の目線で戦争の悲惨さを歌った反戦ソングの佳作です(YouTubeのコメント欄を見ると真逆の意味に解釈している人もいるようで複雑な気持ちですが)。このような歌こそもっと今のアメリカで聴かれてほしいと思います。ちなみにDixie Chicksは2003年にジョージ・W・ブッシュ政権によるイラク侵攻を批判して保守的なファンからボイコットされたりするなど、その反骨精神で知られるグループですが、最近のBLM運動の高まりを受けてグループ名をThe Chicksに改称しました。