本であれ音楽アルバムであれ、自分の好きなもの、思い入れのあるものを人に紹介するのは楽しいものです。他の人たちからおすすめを聞くのも同様です。それは単なる情報共有ではなく、その人のおすすめを通して当人の趣味や考え方、人となりを垣間見ることができるからです。その意味では、人に何かを推薦するのは緊張する体験でもあります。自分のおすすめを通して、自分自身の教養や人間性が見透かされてしまうような気になるからです。それでも、自分が大きな恵みを受けたものを他者と共有する楽しみは、他に代えがたいものがあります。ビブリオバトルが流行しているのも、そんな理由からかもしれません。
さて、月刊『いのちのことば』誌が今年の7月号で500号目を迎えます(創刊は1979年1月だそうです)。その節目を記念する特集として、(福音派?)キリスト教界の50人が推薦書を紹介する「50人が選ぶこの一冊」という企画がなされました。私も依頼を受けておすすめの本を挙げさせていただきました。
「この一冊」と銘打たれてはいますが、実際には一人につき2冊の本が紹介されていますので、全部で約100冊ということになります(何冊か重複があります)。編集部からいただいた選定基準は、日本語のキリスト教書であること、自分自身の信仰が励まされた書、次世代に読み次ぎたい書、ということでした。そのうち一冊には短いコメントをつけるように言われました。
依頼をいただいてから考え始めたものの、意外に難しくて直前まで悩みました。一つには、「日本語」という制限がついたことで、邦訳のない外国語の本が選べなくなってしまったこともありますが、日本語だけで考えたとしても、何冊も思い浮かんできて、数を絞るのに苦労しました。
これまでの人生で自分に最大の影響を与えた「この一冊」がはっきりしている人もおられるでしょうが、私の場合は特定の一冊というよりは、何冊もの本の影響が蓄積して現在の私を形作っているため、すぐに頭に浮かんでくる書がなかったのです。
いろいろ考えた末、一冊目に選んだのは北森嘉蔵著『神の痛みの神学』でした。これには次のようにコメントしました:
受洗して間もない頃手にした最初の神学書の一つであり、その後の私の神学的歩みにも大きな影響を与えた書。
この本を手に取ったのはおそらく1990年代の初め頃だったと思います。日本人の手によるユニークな神学的貢献ということで興味を持ったのですが、当時その内容を十分に理解できたとはとても思えません。ただし、ギリシア哲学的な神概念にとらわれず、聖書に啓示された神の姿を明らかにしようとする神学的姿勢は、その後米国留学中に読んだモルトマンの『十字架につけられた神』、さらにはオープン神論へとつながっていく私の神学的な歩みの原点となったのではないかと思います。ちなみに同書の英訳版Theology of the Pain of Godは留学先の米国の神学校でも高く評価され、授業でも言及されていました。
もう一冊は、現在も当ブログで連載してくださっている藤本満先生の『聖書信仰―その歴史と可能性』を挙げました。そもそも、私が藤本先生と初めてお会いしたのは2014年に行われた日本福音主義神学会の全国研究会議ででしたが、そこでの先生の講演が元になった本です。福音主義キリスト教の柱である「聖書信仰」の概念を歴史的に検証し、ポストモダン時代における可能性を探ったこの本は、近年の日本の福音派によって出版された本の中で最重要の一冊であり、特に若い福音派のキリスト者にとっては必読書であると思います(自分が教えている神学校でもことあるごとにこの本を薦めています)。当ブログでの紹介記事はこちらです。
ところで、実際に誌面に載るのは各人2冊ずつですが、依頼書では3冊挙げるようにと言われました(他の方々の推薦書と重複をなるべく避けるため)。今回掲載はされませんでしたが、3冊目に挙げたのはドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』でした。
この本は中学時代に通っていたミッションスクールの先生が授業で言及しているのを聞いて興味を持ち、手にとりました。それ以来中高生時代はドストエフスキーに熱中することになります。主だった長編小説を読破し、大学の第二外国語でロシア語を選択するまでに至りました。中でも『罪と罰』と今回挙げた『カラマーゾフの兄弟』はその後の人生において何度か読み返していますが、歳を重ねるにつれて新たな発見や味わいがあり、まさに「人生の書」と呼ぶにふさわしい名著です。いうまでもなくこの小説には作者のキリスト教信仰が色濃く反映されており、世界のキリスト教文学の中でも最高峰の一つと言っても過言ではないでしょう。私は今でも高校時代に買った原卓也訳の新潮文庫を愛読しています。

今回選んだ3冊
上に述べたように、私の信仰や神学に影響を与えた本は多すぎて3冊に絞ることはとてもできませんが、なるべく異なる視点から選んでみました。このような悩ましくも楽しい機会を与えてくださった『いのちのことば』の編集部さんに心から感謝します。
今は届いたばかりの雑誌を広げて、他の49名の方々の推薦書リストに目を通しています。お宅にお邪魔して本棚を覗かせていただいているような楽しみがあります。個人的に存じ上げている方々も多くおられるので、それぞれのセレクションに「やっぱり」と頷いたり、意外なチョイスに驚いたりしています。
この特集を読んだ特に若い世代のクリスチャンが、紹介された数々の書の中から、自分にとっての人生の書を見出していかれることを願っています。このように考えると、書物とは単なる個人的な学びのツールではなく、それが共有されることで人と人を結びつけ、世代を超えた共同体を創り上げていくものなのかもしれません。