遠隔授業事始

新型コロナウイルスは、神学教育にも甚大な影響を及ぼしています。感染拡大防止のため、はじめに首都圏で、さらに全国で緊急事態宣言が出され、私たちの神学校も事実上の閉鎖状態になりました。通常は教室で教師と学生が顔を合わせながら行う授業ができなくなり、すべてをインターネットを通して行う必要が出てきました。

私が教えている神学校でも、前年度末から休校になり、新年度の開始も4月末に遅らせた上で、すべての授業をオンラインで開講することになりました。とは言え、私たちの神学校にとっては初めてのことであり、何をどうしたらいいのか皆目検討もつかないまま、手探りで準備が始まりました。

これはおそらくITネイティヴの若い世代の学生より、教師の側に大きなストレスをもたらしたのではないかと思います。私も含め多くの教師は伝統的な対面型の授業に強いこだわりを持っており、異なる方法を導入することに抵抗を感じています。今回のような危機的状況によって背中を押されない限り、なかなか変わることはなかったでしょう。けれども、もはやそのようなことを言っている余裕もなくなりました。いわば新型コロナ危機という「黒船」の到来によって、私たちは遠隔授業への「開国」を余儀なくされたのです。

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「泰平の眠りを覚ます上喜撰(じょうきせん)たった四はいで夜も寝られず」

予算も限られており、専任の技術スタッフもいない小さな神学校では、とにかく今いるスタッフで知恵を絞って対応していかなければなりません。そんな中で、専門知識もない私が「IT担当スタッフ」をおおせつかり、リサーチして資料を作り、教師や学生のサポートにあたることになりました。同時に、自分が担当するクラスのオンライン化も考えていくことになりました。以下に記すのは、その導入プロセスを忘備録的に綴った「遠隔授業事始」です。

ところで、杉田玄白の『蘭学事始』は明治2年に公刊されましたが、杉田が晩年にその原稿を書き記したのはそれより半世紀以上前のことであり、日本における蘭学は黒船以前にすでに長い歴史を持っていました。しかし、日本が西洋の学問文化を本格的に取り入れるようになるのは幕末の開国以降であり、多くの平均的日本人にとっての「事始」は、ようやくそれからのことだったと思われます。

私も遠隔授業に関しては遅れてやって来た「後発組」の一人であり、ITに関してはまったくの素人です。すでに充実したオンライン授業のシステムを持つ学校関係者の方々、またすでにこれまでにも様々な形でオンライン授業を行ってこられた方々には、お笑い草のような幼稚な内容かもしれませんが、新しい時代の波に翻弄されながら、私と同じように限られたリソースの中で苦闘しておられる方々のヒントになればと思い、あえて恥をさらす覚悟で公開します。

(ただし、今回のウィルス危機で日本中の学校がオンライン授業を開始しましたが、聞くところによるとかなり「大手」のところでもシステムダウンや諸々のトラブルが生じているようです。システムが大きくなればなるほど、当然それにともなって運用も難しくなりますので、苦労している点ではみな同じなのかもしれないとも感じています。)

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さて、一口に授業をオンライン化すると言っても、もともとの授業の形態や性質によって、その方法もいろいろだと思います。ここでは私が担当することの多い、講義を中心としたクラスのオンライン化について記します。

今回のオンライン化プロジェクトは、コロナ危機という緊急の必要に迫られて行ったものであり、準備期間もリソースも限られていました。周到な準備をもとに意図的にオンライン授業に移行したわけではありません。また、通常の対面形式の授業が再開できるようになれば、教室に戻ることが前提となっています。

したがって、最初に考えたのは「高望みをしない」ということでした。特に何か革命的なことをめざしたわけではありません。あくまでも第一の目的は「通常教室で行っていることをオンラインでもできるようにする」ことです。この目的がほぼ達成されればよしと考えました。極端な話、教室で講義をしているのと同じように、ビデオ会議システムを通して講義をし、質疑応答や意見交換の場を設けることができれば、それで最低限度のレベルはクリアしたと考えることにしました。

けれどもその上で、せっかくオンライン化を導入するのであれば、この機会に「教室ではできないことをオンラインでやってみる」「教室に戻っても使えるようなシステムを導入する」ことができれば、それに越したことはありません。このように、最低ラインを確保した上で、少しずつ上乗せしていく心構えで行くと、ストレスなく取り組むことができ、またいろいろと新しい技術を探求する楽しみも出てきました。

そこで、普段授業で行っている主な活動をリストアップすると、次のようなものになります:

  • 講義(音声・板書・プロジェクターでのプレゼンテーション等を含む)
  • 資料配布
  • 質疑応答
  • 少グループディスカッション
  • 課題(出題・提出・採点・返却)
  • 各種連絡

これらの、主に教室で行っている活動がオンラインでできるシステムを構築する必要があります。

もう一つ、今回オンライン化にあたって考えたのは、「なるべくお金をかけない」ということと、「なるべく使いやすいものにする」ということです。オンラインシステムの導入は本格的にやろうとするとかなりの投資になると予想されますが、小さな神学校ではそれほど予算を割くことはできません。また、教師や学生のITの習熟度もさまざまですので、なるべく導入のハードルの低いものを考えました。以下に、私が自分のクラスのために個人的に導入していった各種ツールを紹介していきます。

電子メール

今回のような事態に直面するずっと前から、私はクラスの一部をすでにオンライン化していたことに気づきました。それは電子メールの利用です。学生との連絡は教室での口頭の連絡以外はメールを通して行ってきました。今の時代、メールを使えない教師・学生はほぼ皆無ですので、メールは誰でも使える一番基本的な学生との連絡方法になります。

感染拡大防止のために、前年度末に神学校が突如休校になった際、残された課題や試験をこなすために最初に利用したのがメールでした。メールソフトのアドレス帳でクラスごとのリストを作っておくと、一斉送信で連絡するのも簡単です。メールでは添付ファイルでさまざまな文書を送ることもできますので、レポート等をメールで提出してもらい、採点して返却することもできます。

ただし、メールの欠点として、数が増えてくると整理するのが大変になる、ということがあります。特にコロナ危機によって在宅勤務をするようになってから、学内外の大量の事務メールを日々やりとりすることになり、その中で大事なメールが埋もれてしまう危険性を常に意識するようになりました。日々やりとりするメールの本数を可能な限り減らすことが、現在も私の課題になっています。また時には送ったはずのメールが届いていないこともあり、確実に学生が受け取っているかを確認しなければならなくなりましたので、このストレスを軽減する必要もあります。

なお、メールよりもさらに簡便な連絡方法として、LINEやFacebook等のSNSを活用しておられる教師も多いと思います。私は個人的な理由からSNSをほとんど使っていませんので、今回はそれについては書くことができません。

スキャナー

通常の対面式授業では、教室で学生にプリントを配布することがよくありますが、オンライン授業ではこれもすべて電子的な形で行う必要が出てきます。はじめからPCで作成した文書なら、そのまま配信すればよいのですが、オリジナルが書籍等の紙媒体の場合は電子化する必要があります。そのために必要になってくるのがスキャナーです。最近はスマートフォンで撮影したものをPDF化するアプリなどもあり、いくつか試してみましたが、今ひとつ満足する仕上がりのものがありませんでした。

私が重宝しているのは富士通から出ているScanSnapというスキャナーです。私は毎年教えている授業では、配布するプリントのオリジナルを紙でファイルに保管しています。ScanSnapならこの書類の束をそのまままとめてスキャンして、複数ページのPDFファイルを作成することができますし、付属のプログラムで管理も簡単にできます。あとはこれを学生にメール配信するなり、後述するLMSにアップロードするだけです。

書籍の一部をコピーして配布したいときは、自宅にあるプリンターのスキャン機能を用いてPDFファイルを作成します。自宅にスキャナーがない人は、コンビニ等でもスキャンすることが可能です。

Zoom(ビデオ会議)

授業のオンライン化ということでまず誰でも思い浮かべるのが、ビデオ会議システムでしょう。中でもおそらく一番ポピュラーなアプリがZoomです。Zoomはコロナ危機によって在宅勤務が増えるに伴い世界中で利用者が爆発的に増えているので、私が改めて紹介するまでもないでしょう。

私たちの神学校でもオンライン化にあたってまず決めたのが、Zoomを導入するということでした。Zoomは無料版でも十分使えますが、有料版では一回のミーティングの時間制限がなかったり、授業の録画をクラウドに保存できたりするメリットがありますので、教師は学校からサポートを得て有料版を用いることになりました。

Zoomは教師と学生が互いの顔を見ながら、講義と質問のように双方向のコミュニケーションができるだけでなく、画面共有ホワイトボードといった便利な機能が提供されていて、実際の教室に近いことができる工夫がされています。「ブレイクアウトルーム」の機能を使えば、小グループに分かれてのディスカッションもできます。

もう一つ嬉しい機能として、授業の内容を音声と動画で自動的に記録してくれることが挙げられます。オンライン授業の常として、インターネット接続環境の悪化によって途中でセッションから外れてしまう人がでてきますが、そのような場合もバックアップがあると安心です。

そしてZoomの良い点は何よりも、使い始めるにあたってのハードルがたいへん低いということです。どんなに便利なツールでも、最初のハードルが高いとそこで挫折してしまうことがあります。Zoomの場合、学生は教師からの招待メールにあるリンクをクリックするだけで参加することができるので、初めての人でもほぼ問題なく利用することができます。私は念のため自分のクラスでは実際の開講前に接続を確認するリハーサルを行いましたが、学生はみな問題なく参加することができました。

もう一つ、意外と重要なのは、Zoomはデータ使用量がSkype等他のサービスに比べて少なく、接続が比較的安定していることです。オンライン授業中にインターネットの接続状態が悪化して途中でフリーズしてしまったり、切れてしまうような事態は極力避けたいものです。Zoomはその点完璧とは言えないまでも、おおむね満足できます。昨今の在宅勤務や自宅待機の増加に伴うインターネット使用量の急増によって、一般的にネットの接続状況は悪化していますので、これは大きなポイントです。

YouTube(動画配信)

上で述べたように、Zoomの便利な機能の一つにレコーディング機能があります。これは大変便利なのですが、大容量の動画ファイルを学生と共有するためには、インターネット上にアップロードする必要があります。Zoomの有料版には録画をクラウドで保存するオプションがありますが、その容量は1GBしかなく、毎週複数のクラスを教えるためにはまったく足りません。

そこで考えたのは、いったん授業の録画ファイル(mp4形式)をPC上に保存した上で、簡単な編集を施した後にYouTubeにアップすることでした。そのために私も初めて自分のYouTubeチャンネルを開設しました。このようにすることで、毎回の授業の動画をすべてインターネット上に保存して、学生の復習や欠席した学生の補習用に使うことができるようになります。

この時に大切なことは、授業の動画は「限定公開」に設定することです。クラスでは実名でのやりとりがなされますので、プライバシー保護の観点からも、学生が安心して自由に発言できる環境を作るためにも、受講者のみが視聴できるようにする必要があります。動画を限定公開にしておけば、その動画は検索しても見つけることはできません。直接リンクを知っている人しか視聴できないようになります。

YouTubeにはコメント機能もありますので、コメント欄を用いて学生からの質問を受け付けたり、学生同士のディスカッションを行わせることもできます(ただしこれには後述する問題もあります)。YouTubeはほとんどの人が使ったことのある身近なサービスですので、学生の心理的ハードルも低く、授業で利用する価値は十分あると思います。

YouTubeにアップする動画は、Zoomで録画したものをそのまま使うこともできますが、普通は不要な部分をカットしたり、複数の動画をつなげたりといった最小限の編集を行う必要があります。動画編集のためのソフトはたくさんあります。私はWindowsユーザーなので最初は「Microsoftフォト」という、Windows 10に標準装備されているソフトを使っていましたが、2時間を超える動画をエクスポートする途中でフリーズする問題が多発したので、いろいろ試した結果、Icecream Video Editor という無料のソフトを使うことにしました。直感的に操作できるので初心者にはいいと思います(ただし、最近のアップデートにより、無料版で編集した動画にはウォーターマークが入るようになってしまいました)。

Googleフォーム(オンラインテスト)

Googleフォームはオンライン上でアンケートやテストを作成・実施することができるサービスです。私はテスト用に利用していますが、選択問題や記述問題など、いろいろな形式のテストを作成して実施してもらうことができるので大変便利です。

実はこのGoogleフォームはZoomよりも前から使っていました。新型コロナウイルスによる突然の休校措置により、通常の期末試験が実施できなくなったため、急遽リサーチして使い方を覚え、使ったのがGoogleフォームです。

一つだけネックになるのが、持ち込み禁止の試験の場合、学生が資料を見たり互いに相談しながらやっていないか、制限時間内に受けたかどうかをチェックするのが難しい、ということです。対策としては、そもそも持ち込みを妨げないような内容のテストにするか、Zoomでの授業中にリアルタイムでテストのリンクを送ってその場でやってもらう、などが考えられるでしょう。私の場合は、「あなたは資料を参照しないで、制限時間内に回答しましたか?」という質問を最後につけたこともあります。もちろん、これでも不正を完全に防止できるわけではありませんが、神学教育という性質上、教師と学生の信頼関係を築いていくのも重要だと考えています。

Googleクラスルーム(学習管理)

ここまで、オンライン授業を行うために利用できるいろいろなサービスについて書いてきましたが、これらすべてを統合して一元的に管理できるしくみが作れないかと考えていた時に見つけたのが、Googleクラスルームです。

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Googleクラスルームのホーム画面。左下にあるのはテスト用のダミークラス

Googleクラスルームはグーグル社が提供する学習管理システム(LMS = Learning Management System)です。これはいわばネット上にある仮想の「教室」のようなもので、クラスごとに教師と学生の連絡や資料配布、課題の出題と提出、採点等を行うことができます。

(これに関する朗報として、著作権法の改正により、教育目的での著作物を遠隔で利用する場合、学校が著作権者に補償金を払って利用できることになりました。さらに、2020年度に限ってはこの補償金も免除されるということです[くわしくはこちら]。これにより、教師が必要な資料をスキャンして学生に電子的に配布することができるようになりました。)

Googleクラスルームを用いることによって、上でも述べたように学生と大量のメールをやり取りする煩雑さがなくなり、授業のために必要な情報はインターネット上の「教室」に来ればすべて整理された形で見つかるようになります。シラバス等の配布資料も、Zoomのミーテイング情報も、YouTubeの動画リンクも、Googleフォームを用いたテストも、すべてアップロードして置いておくことができるほか、学生へのお知らせもできますし、ディスカッション用のフォーラムとして用いることもできます。とりあえずこれがあれば当面必要なことはすべてできるのではないかと考えています。

現時点で私が行っているオンライン授業の流れはおおよそ以下のようなものです:

  1. 授業前に予習用にその回の授業の配布資料をGoogleクラスルームにアップする。
  2. 授業当日、Zoomでオンライン講義を行う(ディスカッションや質疑応答、小テスト等を含む)。
  3. 授業後、講義の録画を編集してYouTubeにアップし、リンクをGoogleクラスルームに貼る。
  4. 講義で使用したスライド、次回までの課題等をGoogleクラスルームに追加する。
  5. クラスによっては、ディスカッションフォーラムをGoogleクラスルーム上で設ける。

この他、必要に応じてレポートやテストを課したり、各種連絡を行いますが、基本的にすべてをGoogleクラスルーム上で行い、メールでの連絡はクラスの立ち上げ時以降はほとんど行っていません。こうして、少なくとも授業に関してはメール管理の煩わしさが激減しました。

私は最初授業のYouTube動画のコメント欄を用いてクラスのディスカッションを行おうと思っていましたが、思わぬ問題にぶつかりました。コメント欄に書き込むためにはそもそも本体の動画がアップロードされていなければなりませんが、それには意外と時間がかかるということです。何かトラブルがあって動画のアップが遅れると、それだけその週のディスカッションを開始するのが遅くなってしまいます。また学生はまずGoogleクラスルームでYouTubeのリンクを探して、そこから動画に飛び、コメントするというステップを踏まなければなりません。

そのため、クラスディスカッションもGoogleクラスルーム上で行う方針に転換しました。これはクラスの全活動をなるべく一つのプラットフォーム上で行うという観点からも望ましいと言えます。クラスルームでディスカッションを行うには、ストリームページで投稿にコメントをつける形で行う方法と、授業ページで教師からの「質問」に答える形で行う方法がありますが、後から参照する便宜を考えて後者の形で行うことにしました。

私は今回オンライン授業の開始直前にGoogleクラスルームを知って使い始めましたので、あれこれ試行錯誤しながらのスタートになりました。特に教師としては、学生の側でどのように画面が見えているのかが分かりにくい部分がありますので、一つダミーのクラスを作り、メインのGoogleアカウントとは別のアカウントを使って「生徒」としてログインし、いろいろな機能をためしています。

このようにいろいろなメリットのあるGoogleクラスルームですが、一つのネックは、これを利用するためにはすべての受講者がGoogleアカウントを持っている必要があることです。人によってはこのことに抵抗を感じることがあるかもしれません。その場合はMoodleのような他のLMSを利用することも考えられますし、クラスではGoogleクラスルームを使用しつつ、そのような人だけ個別にサポートすることもできるかもしれません。資料の配布や課題の提出はメールでもできます。オンラインのディスカッションを全員でしたい場合は、YouTubeのコメント欄を用いて行うか、Slackのようなビジネスチャットサービス、あるいはLINEなどSNSを用いることもできるかもしれません。その時の受講者と話し合って、一番良い方法を見つけていく必要があると思います。

(なお、Googleクラスルームはグーグル社に申請して取得する学校用アカウントを用いて利用する方法と、個人のGoogleアカウントを用いて利用する方法があります。私の所属神学校は東京都認可の各種学校であり、教育基本法で規定された「学校」にはあたらず、学校用アカウントの使用ができないため、各教師が個人として使用することになります。)

文献調査の壁

最後に、現時点で未解決の分野について書きます。オンライン授業化において大きな問題となるのは、文献調査です。学生がレポートを書くために文献に当たる必要がありますが、ウイルス感染防止の理由によって学校や図書館が閉鎖されていると、学生はリサーチをすることができなくなってしまいます。通販で本を買うことはできますが、個人では限界があるでしょう。

学校によっては、学生がオンラインのデータベースにアクセスして、電子的に資料を参照することができますが、日本の多くの神学校では難しいと思います。オンライン授業でどのように質の高い文献調査をすることができるかは、今後の課題になってくるでしょう。

ただし、神学校の図書館や公立図書館が閉館するというのは、極めて特殊な事態であると言えますので、今後感染の危険が去った後にオンライン授業を継続していく際には、このことは大きな問題ではなくなるかもしれません。けれども、将来的に地方や国外に住んでいる人々を対象とした遠隔授業を考えていくなら、やはり同種の問題にぶつかることが予測されます。

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以上、私が試行錯誤しながら作り上げたオンライン授業のシステムについて紹介しました。今回ご紹介したサービスは、スキャナーとZoomの有料版を除けばすべて無料のものです(Zoomの無料版でもできないことはありませんが、一つのセッションが40分という時間制限があるので、神学校の授業で使うにはストレスが大きいと思います)。

十分な知識に基づいて計画的に構築したものではなく、具体的な一つ一つのニーズについて、「このことをオンラインで行うにはどうしたらいいか」「そのためにはどんな(できれば無料の)ツールがあるのか」ということを考えながら、場当たり的に少しずつ取り入れていったものですので、いろいろな欠陥もあると思いますし、これがベストソリューションだなどと言うつもりは毛頭ありません。それにそもそも、各授業の内容や性質によって必要とされるシステムは当然変わってきますので、各教師が自分に合ったシステムを創り上げていくことが必要になってくると思います。(この点は従来型の授業で各教師が工夫して自分のスタイルを確立してきたことと何ら変わりはありません。)

また、オンライン授業の目的は教師が様々なツールを使いこなせるようになることではなく、あくまで学生が効果的に学習できる環境を作ることですので、学生からのフィードバックを取り入れながら、たえず改良を加えていくことが必要です。同じことをするなら、方法はシンプルであるほどベターです。私自身もまだまだ道半ばですが、開講早々、いくつかの変更を余儀なくされました。これからもいろいろ改善していくつもりです。

しかし、今回こういう形でオンライン授業を行うことで得た一番大きなものは、結果として何ができたかということよりも、自分自身の固定概念が打ち砕かれたことでした。

神学校の授業のオンライン化にあたって最大の障害は、心理的バリアといってもいいかもしれません。新しい領域に足を踏み入れることに対して、人は誰しも自然な恐れや不安を抱くと思います。「そんなことは無理だ」「きっと質が落ちるに決まっている」とやる前から諦めてしまうのです。このような異常事態でもなければ、導入は何年も遅れていたかもしれません。

けれども、止むに止まれぬ事情によってオンライン化への「開国」に踏み切った時、工夫次第でなんとかなるものだということが分かりました。少しリサーチするだけで、無料あるいは安価で使える便利なツールが見つかります。むしろ、どうしてもっと前から使っていなかったのかと悔やむようなものもあります。

今回はシステムの問題について主に書きましたが、オンライン授業の課題はそれだけではありません。オンラインでのコミュニケーションは対面の場合と異なるスキルや心構えが要求されることもあります。たとえば学生の集中時間を加味して多めにインタラクション(質問やディスカッション)の機会を設ける、ふだんよりゆっくりはっきり話す、などです。これについては、名古屋大学のサイトが初心者の教員向けに分かりやすくまとめていますので、参考になると思います。

そしていちばん大切なのは、どのような形式で授業を行うかということよりも、その中身であることは言うまでもありません。どんなに素晴らしいシステムを構築できたとしても、そこで伝えられる内容が乏しければ本末転倒です。けれども逆に、どんなにすばらしいコンテンツを持っていても、それを効果的な形で伝えられなければ、それもまた空しいことです。

神は昔から各時代における最新のテクノロジーを通してご自分の意思を伝えてこられました。宗教改革時代にはグーテンベルクが発明した活版印刷技術によって神のことばが広められましたし、さらに遡れば聖書の時代の手紙も遠隔コミュニケーションのためのテクノロジーということができます。パウロの時代には口頭のコミュニケーションこそが重視され、手紙はあくまでも語り手の不在を補うための二次的手段に過ぎませんでした。けれどもパウロは手紙を通して――彼が新約聖書に残されたものよりもっと多くの手紙を書いていたことは確実です――素晴らしい働きをしましたし、その遺産が聖書という形で今日まで伝えられたのも大きな恵みです。

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印刷技術により急速に広められたルターの「95か条の論題」

現代においてはインターネットをはじめとする最先端のテクノロジーを神は用いようとしておられるのかもしれません。「黒船来航」を脅威ととらえた幕末の日本人も多かったと思いますが、それは同時に「文明開化」への道を開いたできごとでもありました。「オンラインでの授業など邪道だ」という固定観念を捨てて、失敗を恐れず、この時代でなければできない働きを積極的に追求していきたいものです。

【注記】この文章における「黒船来航」の比喩は、私たちの社会生活を一変させる巨大な外的要因を意味しており、特定の国を新型コロナウイルス危機と結びつけるような批判的意図はいっさい込められていないことをお断りします。