受難日に聴いた音楽

今日はイエス・キリストの十字架の死を記念する受難日(Good Friday)です。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う社会的混乱によって、今年の受難日は例年とは全く違う状況で迎えることになりましたが、それだけにイエスの苦しみと死の意味について、深く考えさせられる受難日となりました。

昨年のレントの時期に書いた記事(「受肉というスキャンダル」)でも書いたように、レントと受難週にはバッハのマタイ受難曲をよく聴いてきました。けれども今年聴いたのは、つい先日(3月29日)亡くなったペンデレツキによる「ルカ受難曲」でした。

クシシュトフ・ペンデレツキ(Krzysztof Penderecki、1933ー2020)は現代ポーランドを代表する作曲家の一人であり、ルカ受難曲はカトリック教徒であった彼の代表作と言われます。正式なタイトルはラテン語でPassio et mors Domini nostri Jesu Christi secundum Lucam (ルカによる、われらの主イエス・キリストの受難と死)です。

Penderecki1

ペンデレツキ(Image via Wikimedia Commons

この曲は合唱とオーケストラからなる約76分に及ぶ大曲で、ルカ福音書を中心としたラテン語のテクストと音楽によって、イエスの受難を描いていきます。

音楽的には、いわゆる「クラシックの現代音楽」(この表現に矛盾を覚えるのは私だけでしょうか)です。バッハへのオマージュも込められているものの、全体としてはトーン・クラスターなどの前衛的な作曲技法が駆使されており、この種の音楽に慣れない耳にはかなりとっつきにくい、むしろ不気味で恐怖を与えるような音響が満ちています。私も学生時代にこの曲の存在を知ってCDを購入してみたものの、調性のない音楽とラテン語の歌が延々と続くのに耐えられず、挫折してしまった経験があります。

けれども、今回ラテン語の歌詞をじっくり追い、福音書の情景を思い浮かべながら集中して聴いた時に、ペンデレツキの紡ぎ出す音楽が意外にも受難曲の主題――苦しみと死――と実にうまく適合していることが分かり、少しも難解に感じないばかりか、むしろ深い感動を覚えました(ラテン語と英語の対訳テクストはこちらで読むことができます)。この曲はぜひ歌詞を読みながら聴くことをおすすめします。

 

ルカ受難曲は西ドイツ放送がミュンスターの大聖堂の創建700周年を記念してペンデレツキに作曲を委嘱して生まれた作品だそうです。初演された1966年はポーランドにキリスト教が伝来して1000年目の節目の年でもありました。しかし当時、ペンデレツキの母国ポーランドは無神論を標榜する共産主義政権下にありましたので、このような宗教作品の作曲及び演奏は避けがたい政治的ニュアンスを持つことになりました。東西冷戦時代の政治的背景、現代音楽の前衛的作曲技法、そしてポーランドの伝統的なカトリック信仰――この曲はペンデレツキが置かれた歴史的状況を構成する複雑な要素を彼自身の中に取り込み、消化した中から生まれたユニークな作品であるからこそ、聴く者に強く訴えかける力を持っているのだと思います。

福音の種はそれが蒔かれたどのような歴史的状況下でも根を下ろし、花を咲かせます。けれどもその花は、その土地でしか生まれない独特な色と香りをもつのかもしれません。私たちはそのような多様な福音の表現を、自分の美的感覚に合わないという理由だけで拒絶することがないようにしたいものです。

ルカ受難曲はほとんど全曲が無調で書かれていますが、ごくわずかの部分で調性が用いられています。特にフィナーレの一番終わりの部分で、「われを贖いたまえ、真理の神なる主よ」と歌う合唱と共に高らかに鳴り響く和音は、受難の物語を覆う暗闇の彼方に一条のまばゆい光が差すのを見る心地がします。これからも繰り返し味わっていきたい傑作です。

 

「まだ暗いうちに」 © Jan Richardson

(この絵はほんとうは受難日ではなくイースターのためのものだそうですが、主題的にこの記事にふさわしいと思いましたので、掲げておきます。過去記事「まだ暗いうちに」もお読みください。)