驚くばかりの

このところアメリカの古い黒人音楽ばかり聴いています。神学校の講義を終えて帰宅するために、深夜ひとり車を走らせているときなど、アコースティックギター1本で歌われる素朴なゴスペルやブルースにほっと心が和みます。

そんなときによく聴く1枚のアルバムがあります。

1966年に録音されたFred Mcdowell の Amazing Grace: Mississippi Delta Spirituals by the Hunter’s Chapel Singers of Como, Miss.” 。アメリカのディープサウス、ミシシッピ州コモにあった教会の聖歌隊による黒人霊歌集です(私が所有しているのは、もう1枚のアルバムとカップリングになった2枚組CD)。

著名なブルースマンであり、スライドギターの名手であったマクダウェルがギターとヴォーカルで参加していますが、彼の妻アニーメイも歌い手に含まれています。ここには“Amazing Grace”“This Little Light of Mine”等の良く知られた歌も含まれていますが、初めて聞いたときにはその独特の解釈に衝撃を受けました。

たとえば、あまりにも有名な賛美歌 “Amazing Grace”(「驚くばかりの恵み」)は次のような演奏になっています:

一聴して同じ曲かと耳を疑うような「驚くばかりの」アレンジになっていますが、紛れもなくジョン・ニュートンが作詞した「あの」 “Amazing Grace” です。けれども何度も聴くうちに、その素朴で力強い歌声とギターのサウンドに次第に引き込まれていきます。このアルバムは全篇このような演奏で占められており、聴いているとまるで南部の古い小さな黒人教会の礼拝に参加しているかのような錯覚に陥ります。そしてそこにある純朴な信仰がゆっくりと心に沁み入ってきて、静かで深い感動に包まれるのです。

ちなみにこのアルバムには、ローリング・ストーンズがカヴァーした “You Got to Move” やライ・クーダーが取り上げた “Jesus Is on the Main Line”も収録されており、アメリカン・ルーツ・ミュージックの愛好者にはたまらない 1枚となっています。

さて、私が特に興味を持ったのは、アメリカ南部のアフリカ系クリスチャンたちが、ヨーロッパ由来の賛美歌を自分たちのスタイルで自由にアレンジして歌っているその姿勢です。もちろん、”Amazaing Grace” のような超有名曲ともなれば、世の中に星の数ほどのアレンジが存在しますが、このアルバムの演奏はいたずらに人目を惹くための作為的なアレンジではなく、彼らの生活に根を下ろした土着の音楽文化から生まれたものです(実際、ここで聴かれるゴスペルは、マクダウェルが演奏するミシシッピ北部のヒルカントリースタイルの世俗ブルースと共通するサウンドを持っています)。

マクダウェルらは「黒人らしいアレンジ」とか「白人音楽のコンテクスチュアライゼーション」などといった小難しいことは一切考えず、ただ自分たちにとって最も自然な方法で歌っていたに過ぎないと思いますが、結果としてそれはすばらしい成果を生みました。彼らの演奏はラディカルでありながら気負いや衒いといったものが一切感じられない、きわめて自然に人の心を打つものになっています。奴隷商人から奴隷貿易反対者に変えられたジョン・ニュートンがもしこの演奏を耳にしたとしたら、黒人のクリスチャンたちが “Amazing Grace” を完全に自分のものにして歌っているのを知って、いたく喜んだことでしょう。

日本では、クラシック音楽は「ヨーロッパ人のように」、ゴスペルは「黒人のノリで」演奏することが高く評価されることが多いように思います。要するに、オリジナルをいかに完璧にコピーできるかが問われているのです。それはそれで意味のあることだと思いますが、同時にどこか物足りない印象をぬぐえないのも事実です。よくできたコピーはコピー以上のものではなく、オリジナルと同じ土俵で勝負することはできません。日本人が日本人としての感性や表現力を活かして、「日本の音楽」を奏でることが大切なのではないでしょうか。(それはただ単に和楽器を使うとか、演歌調で演奏するとかいう以上のものだと思います。)

そして、これまで述べてきた「音楽」を「キリスト教」や「信仰」や「神学」に置き換えても、同じことが言えるのではないかと思います。アメリカや韓国やその他いろいろな国のキリスト教のコピーではなく、かといって安直に取って付けたような「ジャパネスク風キリスト教」でもない、オーセンティックでありながらオリジナルな「日本のキリスト教」「日本の神学」をどのように育んで行ったらよいのか――これは日本のキリスト教会が長い時間をかけてじっくり取り組んでいかなければならない課題なのではないでしょうか。

Amazing grace, how sweet the sound
That saved a wretch like me

マクダウェルらの演奏に耳を傾けていると、神の恵みの甘美な響き(sound)は単一のメロディではなく、その中に多様な歌声を含むものであると感じます。それは、救いの恵みの驚くべき大きさ、幅広さを表していると思うのです。