神がデスヴォイスで歌うとき(4)

サウロはエルサレムに着いて、弟子たちの仲間に加わろうと努めたが、みんなの者は彼を弟子だとは信じないで、恐れていた。
(使徒行伝9章26節)

その1その2その3

クリスチャンメタルは、その始まりから論議を呼ぶ存在でした。そしてそれは、Marcus Mobergが指摘するように、キリスト教会内での論争と、一般のメタルコミュニティの中での論争という、「二重の論争」の様相を呈していたのです。

一般のメタルコミュニティにおいては、クリスチャンメタルは布教目的のプロジェクトであって、音楽的には既存のメタルバンドの貧弱なコピーに過ぎないという批判が根強くあります。けれども、30年以上の歴史を経てクリスチャンメタルは多様化と発展を遂げてきており、その批判が正当なものであるかどうかは個別に判断していくべきものでしょう。

より興味深いのは、キリスト教会内での批判です。Mobergによると、このことを理解するためには、1980年代半ばのアメリカ社会をとりまく歴史的文脈を考える必要があります。 続きを読む