2016年11月19-22日に開催された、米国聖書学会(SBL: Society of Biblical Literature)の年会に参加してきました。
私はSBLの正会員ですが、毎年11月に開かれる学会に出席するのは数年ぶりのことになります。今回は発表の機会が与えられたこともあって、久しぶりの参加となりました。
SBLの年会はアメリカ国内で毎年場所を変えて行われますが、今年はテキサス州サン・アントニオで開催されました。SBLは米国宗教学会(AAR: American Academy of Religion)と同時開催となりますが、それと前後して米国福音主義神学会(ETS: Evangelical Theological Society)も、しばしば同じ会場で開催されます。私はETSの会員でもありますので、以前は両方通して出席していましたが、今回は日程的に余裕がなくて、SBLのみに参加しました。
1880年に創立されたSBLは現在では80カ国以上からの8,500人以上の会員を擁する世界最大級の聖書学会で、毎回参加する度にその規模に圧倒されます。今回も巨大なコンベンションセンターとその周辺のホテルの会議室を用いて多数のセッションが行われ、自分の行きたいセッションが遠くにある場合にはかなりの距離を歩いて移動しなければなりませんでした。

会場となったコンベンションセンター
以前は分厚いプログラムが郵送されてきていましたが、最近はスマートフォンのアプリでスケジュールや地図を確認することができるようになり、とても便利になりました。
さて、このような学会になじみのない読者も多いと思いますが、聖書学者(神学者)はSBLに参加していったい何をするのでしょうか?私にとって学会参加には、大きく3つの意義があります。
1.研究発表とディスカッション
「学会」と聞いてまず思い浮かぶのはこれでしょう。世界のトップクラスの学者による最新の研究成果に触れ、活発な議論に参加することができるのは、研究者にとっては大変有意義な研鑽の機会となります。私も今回はあまたあるセッションの中から、専門分野である新約聖書、特にルカ文書研究に関するセッションを中心に、多くの興味深いセッションに参加することができて感謝でした。
2.人との出会い
しかし、私は学会に出席するときは、セッションをスケジュール一杯に入れて、発表だけを聴いて過ごしているわけではありません。学会に出席するもう一つの重要な目的は、さまざまな人々との交流を持つことです。留学時代の恩師やクラスメイトをはじめ、いろいろな人々との旧交をあたためるとともに、新たな出会いも多数与えられますが、これは学者としてもとても大切なことです。結局のところ、学問も突き詰めれば生身の人間が行っている営みであり、世界中から集まった学者たちと知り合い、語り合うことは自分の研究にとっても計り知れないプラスになります。このような、他の研究者との生きた交わりは、ある意味では最新の研究発表を聴くよりも重要と言えます。
時には、ふだんは本でしか知ることのない有名な学者と交流を持つ機会も与えられます。今回もN・T・ライトやリチャード・ヘイズ、スコット・マクナイトと言った学者たちと出会って、短い間ですがお話をすることができました。

N・T・ライト博士と
3.本を買う
そして、学会出席の第3の目的は、聖書学関係の専門書を買うことです。学会ではいつも巨大なホールに多数の出版社が書籍販売ブースを設けて、新刊書を中心にさまざまな学術書を販売しています。そして重要なポイントは、その多くが大幅なセール価格で販売されていることです。学術書は高価で、個人ではおいそれと手が出ないものが多いですが、このようなセールの時を狙って、ふだん買うことのできない本を購入することは、学会に来る楽しみの一つです。私は数年前の学会に出席したときに本を買いすぎて、帰りの飛行機でスーツケースが重量オーバーになってしまい、慌てて手荷物に本を移し替えたこともありました。幸い今回はそのようなことはありませんでしたが・・・

今回の「戦利品」の一部
さて、上にも書いたように、今回私は他人の発表を聴くだけでなく、はじめて研究発表をする機会も与えられました。ルカ福音書とローマ帝国に関するパネルディスカッションのパネリストとして招待され、25分の発表をさせていただきました。私を含む3人のパネリストが発表をし、それに対してローマ史研究の有名な学者がレスポンスをするというプログラムです。
私の発表はルカ福音書における信仰概念と、ローマ帝国のイデオロギーとの関係についてのものでしたが、応答者の先生からはかなり手厳しい批判をいただきました。研究分野が違いますので、当たっているとは思えない部分もありましたが、ローマ史的背景に関する指摘については、自分の勉強不足を素直に認めざるを得ませんでした。このように、世界のトップクラスの学者からじきじきにフィードバックをいただけるというのは、国際学会に出席する大きな利点です。学問の厳しさを改めて認識させられるとともに、さらに研鑽を積んでいく決意を新たにさせられる経験でもありました。
ちなみに、翌日日本から参加されていた大先輩の聖書学者の先生とお会いした際に、発表で厳しい批判を受けたことをお話ししたところ、「私も最初に国際学会で発表したときには同じような経験をしました。最初にそういう経験をすると、その後は何も恐くなくなりました」とおっしゃってくださり、大きな励ましを受けました。
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国際学会に出席するということは、異国の街と文化を体験することでもあります。今回初めて訪れたテキサス州サン・アントニオはとても美しい観光地でした。街の中を水路が通っていて、その両側に遊歩道が作られています。
私は宿泊費を抑えるために会場から少し離れた安いホテルの部屋を友人とシェアしていたのですが、街は治安も良くて、夜一人で歩いていても特に危険を感じることはありませんでした。バスで移動するのはやや面倒でしたが、バスの中には、公民権運動のシンボル的存在であるローザ・パークスに献げられた席もあったりして、興味深かったです。
また、テキサスは食べ物もビッグサイズです。顔くらいの大きさのあるフライドチキンに、花瓶くらいの大きさのカップになみなみとドリンクがつがれて出てきたりしました。その大きさに圧倒されていると、陽気な黒人のウェイトレスさんが「ここはテキサスよ!(It’s Texas!)」と笑いながら言いました。テキサスの人々は、あたたかくて人なつっこい人が多かったです。
アメリカの学会で辛いのは時差です。夜眠ることができず、逆に昼間は眠くなるので、特に午後のセッションは大変でした。今回はわずか数日の滞在でしたので、時差ぼけが治る間もなく帰国ということになり、帰ってきてからも体調が戻るのに時間がかかりました。
いろいろなことがありましたが、短くも充実した、学者にとっては夢のような数日間を過ごすことができて、たいへん感謝でした。