ルカ文書への招待(5)

   

Equipper Conference 2016に向けたルカ文書の入門コラムとその補足、第5回は福音の伝統の継承ということについて書きました。

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ルカが語る福音の物語⑤ 「世代を超えて受け継がれるメッセージ」

 今回も前回に引き続き、ルカ文書の序文(ルカ1章1-4節)を見てみましょう。

「私たちの間ですでに確信されている出来事については、初めからの目撃者で、みことばに仕える者となった人々が、私たちに伝えたそのとおりを、多くの人が記事にまとめて書き上げようと、すでに試みておりますので、私も、すべてのことを初めから綿密に調べておりますから、あなたのために、順序を立てて書いて差し上げるのがよいと思います。尊敬するテオピロ殿。それによって、すでに教えを受けられた事がらが正確な事実であることを、よくわかっていただきたいと存じます。」(ルカ1章1-4節)

ここで「初めからの目撃者で、みことばに仕える者となった人々が、私たちに伝えたそのとおりを」とあるように、著者のルカ自身は自分が書き記そうとしている多くのできごと、特にイエスの地上生涯の目撃証人ではありません。彼は綿密な調査に基づいて福音書を書いているわけですが、地上のイエスに出会ったことはありませんでした。つまり、ルカはイエスから直接教えを受けた第一世代のクリスチャンではなく、第二世代以降のクリスチャンなのです。

ルカはイエスについての福音のメッセージを、先輩のクリスチャンたちから受け継ぎました。そのメッセージを彼は「順序を立てて」まとめ、一貫した物語の形で、テオピロに伝えようとしています。

しかし、ルカ文書がテオピロ個人の所有物にとどまり、彼の死とともに失われてしまったとしたら、それが聖書の一部として残されることもなかったでしょう。テオピロはルカから受け取った福音の物語を自分の周囲の人々に伝え、彼らはまた次の世代に伝え・・・というふうに、福音は世代を超え、民族や言語を超えて受け継がれ、現代に生きる私たちにまで伝えられてきました。

私たちの務めは、自分たちが受け継いだこの福音の物語を、さらに次の世代へと伝えていくことなのです

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<ブログにおける補足>

伝統の継承ということは、聖書を読む上で大切な視点です。現代に生きる私たちは、「伝統」ということばを何か古くさい否定的なイメージでとらえ、古いものや考え方・価値観は捨てて次々と新しいものをいち早く取り入れることに熱中してしまいがちです。確かに聖書の中でも「新しい」ことの重要性について語られることがあります(イザヤ43章19節、黙示録5章9節など)。しかし、それらはつねに過去の伝統とのつながりの中で意味を持っています。なぜなら、聖書の神は行き当たりばったりに行動される方ではなく、歴史の中に一貫して表される救いの計画を展開して行かれる存在だからです。

このことは、パウロの手紙にも明白に示されています。

1  兄弟たちよ。わたしが以前あなたがたに伝えた福音、あなたがたが受けいれ、それによって立ってきたあの福音を、思い起してもらいたい。2  もしあなたがたが、いたずらに信じないで、わたしの宣べ伝えたとおりの言葉を固く守っておれば、この福音によって救われるのである。3  わたしが最も大事なこととしてあなたがたに伝えたのは、わたし自身も受けたことであった。すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死んだこと、4  そして葬られたこと、聖書に書いてあるとおり、三日目によみがえったこと、5  ケパに現れ、次に、十二人に現れたことである。(1コリント15章1-5節)

パウロはここで「福音」を定義していますが、今回注目したいのは、パウロがこの福音のメッセージを、彼自身が受け、そしてコリントのクリスチャンたちに伝えたものとして語っている点です。パウロは何かオリジナルな「新説」を広めているのではなく、彼自身が受け継いだ伝統を次の世代に忠実に受け継ごうとしているのです。

しかも、パウロはその福音の内容(イエスの死と復活)は、「聖書に書いてあるとおり」に起こったものだ、と強調しています。彼が伝えている福音の伝統はナザレのイエスにまでさかのぼるものですが、それはさらにイスラエルの歴史へとつながっているのです。

今日のクリスチャンにとっても、自分が前の世代から受けた福音のことばを「語り継ぐ」ことは非常に大切だと思います。もちろん、私たちは自分の置かれている特定の歴史や文化のコンテクストの中で聖書を読み、人々に伝えていくわけですので、ただ同じことを繰り返しているわけではありません。ルカ自身も、他の人々がすでに語っていた福音の物語をテオピロのために改めてまとめ直して伝えています。しかし、それは本質においては、時代を超えて語り継がれていく、同じ福音のメッセージなのです。

続く