蟷螂と海(The Old Mantis and the Sea)

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人のまばらな秋の海岸は
疲れた時に訪れるといい
世の喧騒に汚れた耳を潮騒で洗いながら
時を忘れ 波打ち際をあてもなく歩いていく

砂の上には、さまざまな大きさ、形、色、模様の石が落ちている
暗緑色のもの、赤褐色のもの、乳白色のもの、筋の入ったもの・・・
どれ一つとして同じものはない
気に入ったものを拾っては、ポケットに入れて歩く

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と、茶褐色に光る砂の上に
鮮やかな緑が目についた
どこから飛んで来たのか
それは一匹のかまきりだった

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それは大斧のような前脚をしっかり上げ
背筋をぴんと伸ばして、海をじっと見つめていたが
何を思ったか、つと寄せくる波に向かって進んでいった
まるで大軍に一人で立ち向かおうとする老将のように

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勇敢なかまきりに別れを告げて
ふたたび歩きだす

浜には石だけでなく、貝殻も落ちている
だが完全な形のものは少ない
整った形の白い貝殻を選んで
座って待っていた妻に手渡した

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ボードを抱えたサーファーが
急ぎ足に通り過ぎていく
足元にひっそりと置かれた
小さな芸術作品には目もくれずに

だが、人生と同じく
何の変哲もないこの渚でも
その気になれば
たくさんの美に出会うことができる

必要なのは
急がないこと
足元をよく見ること そして
子どものようになること

色とりどりの小石や貝殻をポケットに
妻と二人、浜を歩く
素足を柔らかく受け止めてくれる
暖かい砂が心地よい

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ふと気づいた 遠い昔
この砂の一粒一粒は
このポケットにあるような
石や貝殻だったことを

砂は柔和で謙遜で、忍耐強い
己れの色や形を主張しない
風や波にも逆らわない
すべてを受け止め、包容し、待ち続ける

その上を今、ぼくたちは歩いている

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元いた場所に戻ってくると
さっきのかまきりが横たわっていた
大海もその誇りを奪うことはできなかった その証しとして
戦斧を振りかざしたまま それはもう動こうとはしなかった

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それは祈りの姿勢にも見えた